TOSHI

恐怖の報酬 オリジナル完全版のTOSHIのレビュー・感想・評価

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アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の「恐怖の報酬」は、生涯のベストテンに入れたい位に好きな作品で、劇場でも観た事があったが、ウィリアム・フリードキン監督による本作は、昔、テレビ放送で観ただけで、殆ど記憶に残っていなかった。アメリカ以外では監督に無断で約30分カットされた短縮版が公開され、制作費約1億ドルを投じながら、興行的には失敗した上、権利が複雑な関係で、長きに亘り上映不可で、40年以上経過して、4Kデジタルリマスターが実現したという。
映画が始まると、メキシコでのナチス残党の殺し屋、イスラエルでの過激派グループによる爆弾テロ、フランスでの不正融資による焦げ付きを作って逃亡する銀行家が描かれ、こんな映画だったかと戸惑ったが、舞台がアメリカに移って、ロイ・シャイダーが登場した所でやっと、確かに観た事がある映画だと、記憶が甦ってきた。「ジョーズ」で外国映画に目覚めた私にとって、ロイ・シャイダーはある意味、映画そのものであり、久しぶりに彼をスクリーンで観る事ができるだけで、興奮してしまう。
賭場を襲撃した際に、マフイア幹部の弟に重傷を負わせたために、組織から狙われる事になったドミンゲス(ロイ・シャイダー)は、南米のジャングルに囲まれたポルベニールに身を隠す。そこは犯罪者など、怪しげな者達が集まっている街で、ドミンゲスは希望もなく、製油所で働きながら、劣悪な生活を送っている。
そんな時、ポルべニールから離れた山の油田が、反政府ゲリラによって爆破される。石油会社の責任者は、燃え続ける油田を爆薬で鎮火するしかないと判断するが、ダイナマイトはゲリラに奪われ、倉庫には少しの衝撃で爆発する、ニトログリセリンしかなく、高額の報酬を条件に、運搬する運転手を募集する。採用される4人の運転手という設定は、オリジナル版と同様で、ドミンゲス以外に採用されたのは、冒頭のエピソードで描かれた、元銀行家のマンゾン、テロリストのカッセム、そしてマルケスだ。4人は出国できる旅券も報酬として提示されるが、マルケスは冒頭の殺し屋・ニーロに殺され、ニーロが後釜になる。各人の背景がしっかりと描かれているが、この部分が短縮版(従ってテレビ放送時にも)でカットされた部分だったのだ。

ドミンゲスとニーロ、マンゾンとカッセムに分かれた2台のトラックで運搬が始まるが、ここからの展開が凄まじい。爆発に怯えながら、最低速度を維持して走るトラックが、極度の緊張感を生み出す設定は、オリジナル版と同じだが、何と言っても、暴風雨に晒されながら、ボロボロの吊り橋を渡るシーンが圧巻だ。一人が前方で誘導せざるを得ず、カッセムが破れた板から転落し、気付かないマンゾンが引き殺しそうになるシーンは、まさに地獄絵図だ。生き地獄のような生活から抜け出すために、命を懸けて危険な仕事を引き受けた4人は、本当の地獄を体験する。

驚いたのは、短縮版とラストシーンが異なる事だ。日本で短縮版の評価が低かったのは、4人の背景があまり描かれていない上に、クルーゾー版にあった、運搬に成功したと思ったら…という皮肉な結末がなく、安易なハッピーエンドで終わっていた事もあるだろう。この完全版のエンディングは、ずっと納得が行く物になっていた。
40年の年月を経て、本作が真の姿を取り戻した事は、映画史上の事件と言っても過言ではないだろう。凡百の新作映画が束になってかかってもかなわない、本物の迫力で観客を圧倒する大傑作だ。
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