岡田拓朗

37セカンズの岡田拓朗のレビュー・感想・評価

37セカンズ(2019年製作の映画)
4.5
37セカンズ(37seconds)

私の「時間」が刻みはじめる。

2月公開作品の中で最も心待ちにしていた映画。
物凄くよかった。
まだ序盤ですが、現時点では今年ベスト級の傑作。

誰にとってもある日常は人によってこんなにも違うんだということを、スクリーンを通して感じられる。

普通や当たり前だと感じていたことは、実は自分の経験や見たもの感じたものから来る個性であり、それは人によって全然違う。
だからこそ境遇や環境の違う人たちの日常を垣間見ることで新たな発見があって、そこから得られるものがある。
それらによってまた違う自分が創られていく。

そんな体験ができることが自分にとっての映画の醍醐味であり、はたまたその観点で考えたときの邦画は自分にとってかけがえのない作品が多い。
それをまた思い出させてくれた。

他作でも同じようなことを感じられる作品は多々あるが、ここまでその思いを強く感じられた作品は他にはなかった。
それくらい主人公の日常の中に、自分では感じ取れない、見ることができない素晴らしい世界が転がっていたのだ。

そしてその世界が見れたのも新しい経験を積むことによって、世界を広げていくための行動を主人公のゆまちゃん自身が前向きにしていったからに他ならない。

障害を持つことによって生きる希望を失うのでなく、あくまで前向きに人生を捉えて生きていく。
障害を持つ自分そのものを好きになっていけるかどうか。
そこから踏み出す一歩一歩が、間違いなく自分にしかない個性になり得るのだ。
そこからしか見えない世界があって、感じ取ることのできない感性があって、結果的に彼女にしか描けないものができる。

でもそれは何も彼女だけがそうであるわけでなく、誰もにとってそうであるはずだ。
誰かに縋るわけでも、支配されるわけでも、追従するわけでもなく、自らの意思で人生を切り拓き、自分を創っていく。
その中で育んでいくものこそが、自分だけの個性に、そして価値になっていく。
自分にとっての当たり前は、誰かにとってはそうでなく、価値になり得る。
そして最終的にそれらが自信に繋がっていき、自分の道を歩むことに覚悟を持つことができる。

前提としてゆまちゃんの行動力、自分を変えていくための原動力みたいなのが凄かったのは言うまでもないが、それを諦めることなく続けられるための周りの優しさもよくて、一歩を踏み出した先に作られていく人と人との温かみある関係性がとても尊かった。

自らの嫌なところは裏を返していけば長所になる。
それを強さや自信に変えるには、どのような考え方を持って生きていけばよいのだろう。
スクリーンに映し出されたゆまちゃんの全てに答えが詰まっていた。

どうせなら自らで切り拓いていこう。
自分を好きになって生きていこう。
そういう思いとともに、そのための一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
ここから何かそれぞれに新たな一歩を踏み出してみれば、自らの世界は驚くほどに変わっていくはずだ。

そこにある現実の厳しさや空虚さと一歩踏み出した先に得られる優しさや充実感とそこからくる希望と。
ちゃんと全てが詰め込まれていた。
何かを変えることでしか、人生は変えられない。

優しく育てていたつもりが、自分を押し付けることによって子を苦しめていた母親。
子の限界を勝手に決めてしまい、色んなことをさせることも見せることもしていなかった。
でもそれが子のためになってると、子を守るために必要だと信じて疑わなかった。

でもゆまちゃんはそれを求めていなかった。
半ば強引にでも踏み出したことにより、母も気付いて変わっていったように見えるラストのわかり合えてる感じも最高だった!
涙が止まらなかった。
母親も決して悪意を持って接していたわけではなかったのだ。

本当の意味での自らの人生は、自らの意思で踏み出した一歩から始まっていく。
それにより確かに私の「時間」が刻みはじめる。
そんなわかっているようで実はわかっていない大切なことに、押しづけがましくなく丁寧に気づかせてくれる作品。

生きている意味って多分こういうことなんだと思う。
なんかもう全てが素晴らしすぎて、よい意味で衝撃的でたまらなかった。
極上すぎる映画体験だった。

できるだけ多くの人に届いて欲しい。

P.S.
この映画を観て、先日のアカデミー賞4冠を受賞した『パラサイト』のポンジュノ監督がスピーチでマーティンスコセッシ監督から頂戴したと語った「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことだ。」という言葉が浮かんだ。
でもこれは色んなことを経験して引き出しがある上で成り立つことだと思う。
ゆまちゃんを演じた佳山明はもちろんのこと、有名な作品にはそこまで出てないけど、確かに力のある脇を固める俳優陣たちの演技もとてもよかった。
そしてHIKARI監督の今後にも注目しようと思います。
名前だけに光の使い方がとても特徴的で印象に残った。
岡田拓朗

岡田拓朗