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楽園のマーチのレビュー・感想・評価

楽園(2019年製作の映画)
3.6
まあこれはこれで“あり”というか、最初こそ単調でいやにじっくり傍観的に映し出す演出と、言わされているようにしか見えないセリフに「これは“なし”かなぁ…面白くなるのか?」なんて思っていたものの、終わってみれば“あり”に転じた。

短編小説集の原作のうち2編を半ば強引に繋げているので、3章それぞれの繋ぎ目で時制が変わることでストーリーが跳んだり、脈絡がなくなってしまっているのが最大の難点。それなりに脚本を練っての判断だろうけど、いざ映像化するとそこはやっぱり気になってしまう。

役者陣の演技は良いし、撮影も美しい。特に暗がりで映える綾野剛の顔面は、撮影と照明が彼の表情をストーリー上の危うさと共に引き立てていた。Y字路の撮り方も、時制によって同じ構図でも経年を感じさせるものになっていて印象的。後半は、結末に向かうに従って明らかになっていく真実と些細なそれぞれの物語の連結が小気味良いものとなっている。

原作未読なので原作がそうなのかは分からないけど、ただのエモーショナルなサスペンスだと思っていたら意外にも現代日本を批評的に描写している作品で驚いた。高齢化社会と限界集落が起こす軋轢…着実に日本の今と未来の姿がそこにはあったし、あの村はそれと重なるようにメタファー化されている。誰もが誰もを信用しないし、疑わしきも罰する業の深い時代へと歩みを進めている現在、貧しい国の人々たちからすれば「楽園」のように見えるであろう日本という国も、もはや安住の地ではない。移民は閉鎖的な村社会で異物扱いをされ、村の発展を願って新たな試みを取り組もうとする者は小社会のトップで胡座をかく保守的な支配層によって居場所を追われる。日本という名の楽園は幻想であり、その地で生き残り続ける者はシステムを改良しようとはせず、よりその縛りをキツくする。これから楽園が堕ちていくのではなく、もうすでに楽園は堕ちてしまっているのに、のうのうと生きていていいのだろうか…今や失楽園となってしまったかつての楽園は、この先どうなってしまうのだろうか。解決する術は、あの村の若者たちのように逃げ出し、自らの楽園を探し求めるか、楽園を失墜させた癌をある人物のように葬り去ることでまた一から始めるしかない…2つに1つとはいえ、財政的に逃げ出したくても逃げ出せない者、その土地に他者にとってはなんて事なくても亡き人との想い出や記憶が根付いている者もいる。弱者にそれに縋ることすら許さない、この社会の同調圧力と愚劣な仲間意識のなんと卑劣なことか。

小さな村社会に法律や正解など通用せず、見たいものを見たいように見ることで有力者の声が絶対的な“正しさ”となり、シナリオは思うように書き換えられ、村のルールが社会のルールよりも強い効力を持つ。

瀬々敬久監督の『64 ロクヨン』以降、最近なら『友罪』でも見せた、自主製作で撮る時とは違ったソリッドな演出によるサスペンス面での作家性。その集大成的な部分が今作にはあった。
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