Masato

華氏 119のMasatoのレビュー・感想・評価

華氏 119(2018年製作の映画)
4.4

大学のレポートの題材にしたやつ



 マイケル・ムーアはドナルド・トランプが大統領に勝つと予測していた。それは、ヒラリーが油断してラストベルト地帯に全然赴かなかったからである。ミシガン出身の彼は、ラストベルト地帯のことをよく理解しており、そこを欠いてしまえば勝つことはできないことも理解していた。しかし、フリントにきたオバマ前大統領は水道問題を「問題ない」と擁護したことと、いままで民主党の味方であったからとばかりに油断していたせいで、その隙をついたトランプ大統領がラストベルト地帯を獲得することとなった。

また、劇中のなかであった民主党の反主流派を抑えこもうとする行為は、自分の首を自分で絞めているのと同等の行為である。トランプ大統領はヒラリーよりも労働者層に目を向けたリベラルな政策の演説をしていたからこそ勝ってしまった。トランプも共和党の中では異端児である。また、劇中にはないが、ゲリマンダリング(意図的な選挙区割りの変更)や有権者IDなどの「インチキ」な選挙妨害も原因であり、ヒラリーのほうが得票数が多かったのにも拘らず、トランプが勝った要因であろう。

また、トランプを批判するための問題点として、監督はミシガン州のスナイダー知事をあげている。これは、行政経験のない企業経営者ということでトランプと一致するからだ。つまり、企業経営者の心理としては、いかに州を効率化させて黒字にするかに注力していく。そのせいで、公共事業を縮小化して緊縮行政をしていき、結果的にフリントの水道問題へと発展した。国のトップに立つことと、企業のトップに立つことは、構造は似ているかもしれないが、実際は全くもって違うということが良く分かる。監督の言う「我々はトランプが大統領になる前に、経験をしている」という言葉の裏返しは、後にアメリカ全土においてこういった問題が発生していったということになる。

そのほかにも、監督はトランプとヒトラーを重ね合わせた。政治経験のない人間であるヒトラーは他の者と違い、率直に言う。ドイツ・ファーストを掲げて、国歌斉唱を軽視したサッカーチームを処罰した。テレビを使ってフェイクニュースもした。これはトランプと全く同じである。その後、1940年代の映像が紹介されるが、ファシズムと同じ手口だと歴史研究家は言う。忠誠を誓って右手を上げるところは、まさにヒトラーの敬礼と同じである。また、ティモシー・スナイダーというエール大学の教授は、偽の安全のために自由を手放すが、本当に必要なのは安全よりも自由なのだと言った。その時に、映像では9.11後の愛国者法が成立した音声が入るが、まさにこのことがトランプ政権では起きている。ポピュリズムを悪用して、「メキシコ移民は強姦魔のテロリスト」と壁を築き、「ムスリムは全員追い出す」と排斥し、黒人や女性を差別するなどと、不安や怒りを煽り、安全を保障すると謳って票を集める。これは過去の繰り返しであることがわかる。

劇中でアメリカ国民は元々左派であると監督は言う。それを証明するものとして、人工中絶に71%が賛成し、男女共同賃金やマリファナ合法化、最低賃金の値上げ、国民皆保険、大学の無償化などの賛成は過半数以上もあり、7割近くが銃を所持していないし、移民には賛成している。テキサス州のヒューストンの市長はレズビアンであると言う。なのに、ドナルド・トランプが選ばれた。選挙人制度というもの自体が監督は不要だと言っている。それは、ビルクリントン政権、共和党の企業献金による活動を見かねて、民主党も労働者層から離れて企業・金持ち寄りに動くようになったからだ。

こうして、大衆の意に反してしまう制度は廃止すべきだと言っているが、まさにそうだと言える。最近の大きな出来事のなかで献金と言えば、銃乱射事件と銃規制問題だ。これはNRAからの企業献金をもらっている共和党とドナルド・トランプが、銃乱射事件が起きても一向に銃規制を進めないことだ。劇中でフロリダの高校で銃乱射事件が起きたことに対しての生徒たちの運動が記録されている。その中で、生徒のデヴィッド・ホッグがNRAから献金を受け取っている議員に対して、「献金を受け取らないと言えますか?」という質問に何も言えなかった。こうした、献金が政策を大きく左右するようでは、民主主義ではないということが断言できる。

また、この銃乱射事件で立ち上がった高校生たちがアメリカ全土を動かそうとしているということが民主主義の象徴そのものであり、肝心の政府はそうでないという皮肉な構図となってしまっている。劇中に「子どもは知ってしまった。大人はただのダサい奴らであると」という言葉が的を射ている。

そんな中で中間選挙では、新しい顔ぶれが登場したことで民主党内でも大きく変わると思われる。劇中に出てきたアレキサンドリア・オカシオ・コルテスとラシーダ・タリーブは、社会民主主義者で民主党の中道の主流派とは大きく異なる、左に寄った人が立候補し、この後、議員になった。そのほかにも、今回の中間選挙には女性がたくさん立候補し、議員になった。ミネソタ州では、ソマリア難民でムスリムの女性が議員となり、他の州ではネイティブ・アメリカンやアフリカ系などの女性議員が当選した。その多くは反主流派であり、そうした若い人がこれからを変えていく。


本作を見て、自分が知る以上に現在のアメリカは危険な状態にあるということがよく分かった。それには、考えられないほどの数と複雑な問題を抱えているということが理解できる。現在は黒人のほうが白人よりも多くなってきて、白人国家というものは薄れてきている。そのなかで、これから共和党がどのように対抗していくかが、ヒトラーなどの過去を見ていけば、恐怖である。

映画「バイス」のディック・チェイニーがやろうとした行政権一元論(Unitary Executive Theory)と解釈して何かをするかもしれない。しかし、未来はないと叩きつけられる現実に対して、フロリダでの銃乱射事件を機に立ち上がった若者たち、女性の立候補たちは希望の兆しがあった。決して未来は暗くない。

私たち日本に言えることは、劇中に出てきた「民主主義の主役は民だ。民が黙れば、民主主義の意思は消える」というティモシー・スナイダー教授の言葉。ただ黙って見過ごすだけではいけない。動かなければ変わらない。そうして、今のアメリカの国民は行動を起こしている。香港もそうだ。日本も現状の問題は多岐にわたる。フリントの水道問題は、日本でも水道事業の赤字で、民営化は検討されている。その時、日本でも同じことが起きるかもしれない。明らかに、アメリカ国民へ向けたものではあるが、私には、「行動する勇気」というものをもらえた。
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