このレビューはネタバレを含みます
アーサー「仕事をクビになったよ!」
ジョーカー「銃なんか持って営業に行くからさ」
アーサー「保障を切られたよ!」
ジョーカー「元々効果なかったろう」
アーサー「でも彼女が出来たんだ」
ジョーカー「妄想の、な」
アーサー「実の父親がトーマスウエインだった……と思ったらイかれた母さんの妄想だった。しかも母さんは僕に虐待をしてて、本当の母親でもなかった」
ジョーカー「クズ二人と血が繋がってなくてよかったじゃねぇか」
アーサー「マーレーの番組に呼ばれた」
ジョーカー「お前を笑い者にするためにな」
アーサー「俺がゴッサムに混沌を産んでやった」
ジョーカー「最高の遊び道具もな」
これがアーサーの悲劇をロングショットでとらえた場合の見方だろうか。
アーサーが本当の意味でジョーカーになる瞬間はラストの血濡れの唇だろうが、同じころ路地裏でバットマンの物語が始まるという構図がベタだけど、見事。
しかし、またこうしてウエイン夫妻が死ぬ光景を見せられると、「バットマン ザ・ラストエピソード」でのブルースの嘆きが脳裏をよぎる。
『母さんに手を出すな』
『一度でいい、見逃してくれ』
アニメや映画、ドラマであらゆる『バットマン』が作られても絶対に変わらない悲劇。ジョーカーの出自は変わっても、ブルースの始まりだけは変わらず、何度も何度もあの悲劇が形を変えて描きなおされていく。
ブルースの嘆きにまた一ページが加わった気分だ。