せんきち

ジョーカーのせんきちのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.1

金獅子賞とったり評価が激高な本作。自分に刺さりはしなかったが面白い。ただ、これはバットマンの悪役ジョーカーの起源を描いた作品ではない。理由は後述。



脳に疾患があり発作的に笑ってしまう芸人志望のピエロ アーサー。妄想癖のある母の介護をしながら働いていく。しかし、格差が大きく治安も最悪なゴッサムシティが彼を救うはずがなかった。




一人の孤独な男が誰からも必要とされなかったら、報われない日々を続けていたらどうなるのかを丁寧に描いた21世紀版『タクシードライバー』。



ゆっくりと精神を狂わせていくアーサーの姿は精神衛生上非常に悪い。ホアキン・フェニックスの常軌を逸した演技にシンクロしてしまいそうになる。特にアーサーの様に報われない労働をしていると感じている人達には胸に刺さるのだろう。ネットには本作を観て形容し難い感情になった人が沢山湧いている。



本当にきっついのは悲惨な境遇のアーサーの最後の希望「お笑い芸人になること」がある手段で叶い同時に木っ端微塵に砕けるシーンだ。なんて残酷なシーンを思いつくんだか。


ただ面白いのはここからアーサーは大量虐殺はしないのだ。メディアによって格差社会の暴動の象徴になっていくのだ。


紅蓮の炎で焼かれる街中に象徴として立つアーサーもとい”ジョーカー”。感動的なシーンであるが最初から最後まで自分の人生を生きれないアーサーの悲哀を感じる。



本作がジョーカーの起源ではないと思ったのはここだ。バットマンの宿敵ジョーカーならばここで暴力を扇動しより多くの破壊と殺人をしたはずだ。原作のジョーカーは純粋な暴力と悪意の化身なのだから。


確かに本作にはバットマンのブルース・ウェインも執事のアルフレッドも出てくる。しかし本作の延長線にジョーカーはいない。これは一人の男がジョーカー的存在になるまでの映画だ。


本作が批評家に激賛されたのもアメリカを始めテロや銃乱射事件で見受けられる”無敵の人※1”をジョーカーになぞらえてるからだろう。


※1ネットスラングで失うものが何もない人のこと。最悪の事例で無差別殺人、テロを計画、実行する。

 

切なかったのがふっきれて殺人を始めるジョーカーが「君だけは僕に優しかった」と小人のおっさんを見逃すシーン。偶然だと思うが日本の元祖無敵の人 都井睦雄※2と同じ様なセリフなのね。洋の東西を問わず絶望した殺人鬼が思うことは一緒なのかも。

※2 津山三十人殺しの犯人。『八つ墓村』のモデルになった男。

この映画の質が悪いのはアーサー自身が重度の妄想癖があると描写してる所だ。従って本作のどこが現実でどこがアーサーの妄想なのか分からない作りになってる。ラストカット以外は全部妄想の可能性だってある。


アメコミ映画でここまで批評性の高いことが出来たのはDCだからだろう。世界観の繋がりと広がりを要求されるMCUではここまで閉じた世界は描けない。MCUみたいに成功しなかったのがDCの自由度を増したってのも何とも皮肉な話。
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