愛鳥家ハチ

ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!の愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

4.8
本作は、迷えるトナカイ、もとい悩める現代人のための「ヘヴィメタル・セラピー映画」だと思いました。怒りに震える精神も、沈みきった心も、本作に触れれば立ちどころに平安を見出すことになるでしょう。重金属製の処方箋。
 結論から言って傑作。端的におもろい、腹よじれた。上映後に満場の拍手が湧き起こるレベル(実話)。メタル好きはメタル好きであるという理由だけで、メタル好きでない人も(R-15レベルのブラック・コメディに耐性がある方なら)必見といえます。


====大使館解説レポート====
 先行特別上映ということで、在日本フィンランド大使館員の方による上映前の(ネタバレなしの)公式解説がありました。やや長めですが、まずはそちらの様子をお伝えします。題して、"Finland: Why So Heavy?"(『ダークナイト』の"Why so serious?"的な?)。登壇されたのはフィンランド人の男性外交官と日本人女性の大使館広報部員の方、そして男性司会者。

ーーサルミアッキ
 初っ端に司会の方が水を向けたのは、フィンランドの"国菓"サルミアッキについて。外交官の方によれば、「サルミアッキはヘビメタと同じで初めはショックを受けるが、繰り返し試す事で好きになってしまう」とのこと(うまい)。どうやらフィンランドの子供は毎週土曜日にお菓子を食べることが許されるらしく、そこで出されるのがサルミアッキ。それもあってかフィンランドっ子はみんなサルミアッキが好きらしいです。

ーー父、外交官、バンドマン
 次に外交官自身のお話に。登壇した外交官は地元でプログレバンドを組んでいるとのこと。好きなバンドは「スタミナ」。実はこの男性外交官は3週間の育児休暇中で、本来なら家にいるべきところ、是非にということで登壇されました。おぉすごい、よくぞいらっしゃいましたと、場内からは自然と拍手が沸き起こる。

ーーメタル先進国
 フィンランドのメタル事情へ。フィンランドは人口あたりのメタルバンド数が世界一で、人口10万人あたりおよそ53のメタルバンドがあるとのこと。中でも「レミ」という町は人口3000人で牧歌的な雰囲気ながら、13ものメタルバンドが存在しており、メタルの中心地"Capital of Metal"とされているらしいです(いつか行ってみたい)。

ーーどぎつい環境
 また、メタルが栄える事情の一つとして外交官の方が指摘するのは、"Harsh Condition, Harsh Hobbies(どぎつい状況には、どぎつい趣味)"というもの。砕氷船が必要な程の厳寒地ですから、激しい音楽で自らを鼓舞する意味合いもあるのでしょうか…(話はそれますが、フィンランドの社会福祉制度が世界トップクラスなのは、互いに助け合わないととても生きていけないような風土だったことも一因なのかなと思いました)。

ーー歴史と音楽
 また、メタルが根付いたことについてのよりオフィシャルな説明として、歴史にも触れられています。曰く、500年前はキリスト教会によって教育がなされており、音楽はその一つの柱だったとのこと。時は経ち1950-1960年代になると幅広く音楽教育がなされ、音楽は国民のアイデンティティを形成するという理由から、政府による支援もなされてきたようです。現在では、ヘルシンキ大学にヘヴィメタル学の教授(Prof. Esa Lilja、エサ・リリア先生)もいらっしゃるらしい(メタル先進国の風格が漂います…)。他にも、音楽には中身が伴わなければならないということで、古くからの伝承との融合も試みられているとのことでした。

ーー言語的親和性
 そして、ヘヴィメタルとフィンランド語の言語的な親和性についても話が及びます。フランス語のような語調とは異なり、どうやらフィンランド語は子音がとても強く出る言語らしく、パワフルな発声を可能にしているようです。外交官の方も見事なデスボイスを披露されていました。環境、歴史、言語がフィンランドをメタル大国たらしめていると妙に納得したところです。

ーー音楽イベント
 音楽イベントについて、フィンランドには「トゥスカ(日本語で"痛み"の意)」と呼ばれるヘヴィメタルに特化したフェスがあるとのこと(フィンランドのフェスでは最も"平和的"と仰っていました)。日本では、5月と11月に「北欧ミュージックナイト」なるイベントが開催されているらしいです。いずれも機会があれば見てみたいと思いました。

ーーInteresting Details
 本作の音楽を出がけたのは、フィンランド発のメタルバンド"Stratovarius"のベーシスト、Lauri Porra氏(彼はシベリウスのひ孫にあたるらしい)。餅は餅屋ということで作中の音楽はその道のプロに委ねたようです。なお、Lauri Porra氏の2019年のアルバム"DUST"は外交官の方イチオシでした。
 最後に、カルサリカンニ(自宅で下着一枚で酔っ払うことのみを表すフィンランド語。日本語でいうとMOTTAINAI的な感じでしょうか?特有の概念らしいです。笑)とKITTOS(ありがとう)の言葉で締めくくり。

ーー質疑応答
Q: メタルがフィンランドのチャート上位に顔を出すことはあるか?
A: かつてはあったが、現在はSpotifyの影響もあり、それも無くなった。(残念!)
====以上、事前説明レポ====


====売店、試食会レポート====
 シネマート新宿での特別上映ではサルミアッキの試食会がありまして、大変美味しくいただきました。スタンダード、スーパー、シス味があり、私はスタンダード味を。美味、癖になる味でした。もっとも、一般的には"世界一まずい飴"として通用しているらしく、入場口では"お口直し"として"Robert's Coffee®︎"のコーヒー風味のクッキーが配られましたが(プラス、手作りキーホルダーも!多謝!)、私はサルミアッキの風味がかき消されることを恐れ、クッキーは帰宅後にいただきました(クッキーも美味しかったです)。ロバーツコーヒーは東京・千歳烏山に店舗があるらしいです。
 また、コンセッションには、サルミアッキ味ウォッカのソーダ割り(販売名"直腸ボム")が売られており、即購入。サルミアッキの独特の風味を炭酸の爽やかさとアルコールが引き立ててくれていたと思います。飲みやすかったです。外交官の方はサルミアッキ味のウォッカを冷蔵庫に常備しているようで、さすがだと思いました。私も買いたいですが、店舗買いはなんとなく難しそうな気がします(リアル店舗に売っていたら売っていたで驚愕ですが…仕入れの方の慧眼に感服します…)。いずれ機会があれば…。
====以上、食レポ====


==内容レポート(ネタバレなし)==
 メタラーが、メタルに、メタルの聖祭典を目指すお話です。笑えます。最高でした。
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====【以下、ネタバレあり】====




ーーリフ作り
 ギタリストが思いついたリフ(≒前奏)が実は流布されたものであることをベースのパシがことごとく指摘するシーンにクスりときました。その後、トナカイ解体工場でリフを発見する場面は大変興味深かったです。日常の中に優れた音楽は埋もれているのだと(そしてその音楽をすくい上げられるのが優れた音楽家なのだと)理解しました。

ーー直腸陥没?
バンド名のインペイルド・レクタムはより正確には直腸陥没ではなく、"直腸貫通"なのではないかと思いましたが、諸々の考慮が働いて"陥没"になったのだと解釈しています。

ーーメタル・セラピー
 精神障碍を抱えた黒人の方はメタルを聞くと不思議と暴力衝動が抑えられるという設定。ドラムに目覚めるくだりは秀逸。ノルウェーへの旅路、バンの中でのドタバタには特に笑かされました。

ーーオービス・フォト
 自動速度監視装置でバンド写真を撮影。ジャケ写らしい仕上がりに脱帽(笑)

ーーラップランドの逸話
 ライオンから獲物を奪う部族がいる。そいつらは堂々とライオンに向かって歩いていき、堂々とライオンの餌を持ち去る。ライオンはそいつらの平然とした様子に驚く。人にはライオンと対峙しなければならない瞬間があるんだ…という逸話が黒人のドラマーによって紹介されます(聞きかじった内容ではあったものの…)。この話に感化された主人公は以後ライオン的な勇敢さを徐々に身につけていくことになりますが、ある人間の成長物語としても良くできていたと思います(ただ、獰猛といえど小型の動物に喧嘩仕掛けるのは個人的にはNG!)。

ーー最も強い男
 町の若いやつらが髪の長い主人公のことを、事あるごとに「ホモ」だと揶揄するのですが、LGBTに不寛容な地方の一面を示すシーンでもあり、暗澹たる気持ちを抱いた方もいたことと思います。こうした言動に対して「ホモは男の中の男だ」と反論するシーンは実に素晴らしいと思いました。彼がライオンの風格と王者の感性を得た証左といえるでしょう。

ーー女大佐・ドッケン
 筋トレ大好きでコメディエンヌな大佐がアンジェロと名付けるロケットランチャーを愛おしげに撫でるシーン、シュールで良かったです(笑)

ーーライオンの口づけ
 主人公が花屋さんの女性にキスするシーンが印象的。効果音のおかげだとも思いますが(笑)、ライオン感に溢れていました。

ーーノーザン・ダムネーション
 死んだドラマーが棺桶でダイブとか初めて見ましたが発想が凄すぎます(笑い泣き)

ーーその他
 書ききれない程の小ネタに溢れていて、腹筋が鍛えられました。涙腺もやられた。また観たい作品です。
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