KeithKH

居眠り磐音のKeithKHのレビュー・感想・評価

居眠り磐音(2019年製作の映画)
4.0
1950年代の全盛期東映時代劇を現代風に擬えた作品といえます。

明朗快活、痛快無比、勧善懲悪の、老若男女問わずに感情移入でき、居住まいを正して端坐して臨むのではなく、少なくとも後半の江戸篇は茶の間気分で寛いで気楽に観られるものに仕上がっています。
東映勃興の祖・マキノ光雄氏が掲げた映画に求められる三原則「笑う、泣く、(手に汗)握る」の全てが揃った典型的娯楽時代劇です。

主人公・磐音には暗く哀しい来歴があって江戸に流れ着き、今も過去を引き摺って長屋で孤独に倹しく暮らしています。隣家の人々の暖かい人情と江戸の鯔背な情緒を、沁み沁みと且つ粋に漂わせつつ、物語は風雲急を告げ、悪党と主人公との争闘へと進行します。
主人公は水も滴る容姿端麗の優男、けれど滅法剣の腕が立ち強い。殺気を矯めた一見隙だらけの構えからの鋭い瞬殺の打ち込み。東映時代劇ヒーローのように、ばったばったと並み居る相手を鎧袖一触で凪倒すとはいかないものの、また打ちのめした敵を前にかんらかんらと高笑いはしないものの、実直にして誠実、質実剛健にして温厚篤実な、将に時代劇ヒーローの王道キャラクターがスクリーンに登場したといえるでしょう。松坂桃李は、そのしなやかさ、その嫋やかさ、一方での険しく鋭い眼差しは、主人公・磐音に打ってつけだと思います。相手役となる芳根京子の時代劇適性を見出せたのは収穫でした。不幸な運命に弄ばれる女の哀しみを、言葉少なく仕草で演じていました。ただやや表情が硬く喜怒哀楽が不透明だったのは今後の課題でしょう。
磐音の剣戟は、全て力と力の息詰まる激突になっており、全ての殺陣は生死を賭けた迫真の臨場感に満ちていました。

また家作の設いの長年使い古した深みのある味わい、豪奢ではないが質素で滋味深い風情の家具調度、江戸町人の普段の生活感が隅々に滲み出ています。流石日本映画界最高の美術監督・西岡善信氏の直弟子・倉田智子氏が監修しただけのことはあります。
更にカメラアングルがやや俯瞰気味に撮られているため、人物が尊大で威圧的な印象にはならず、ほぼ観衆と同一目線、又はやや見下ろし加減になって、人物に総じて親近感が持てて自然に感情移入しやすくなっているようにも思います。
何より物語の進行をナレーションやテロップでつないでおらず、カットが流麗に巡っていくのも好感が持てました。

難を言えば、主人公・磐音の深刻で悲愴な来歴が綴られる、前半導入部の豊前関前藩での悲劇の顛末は、磐音の表の表情と裏に抱える複雑な心情を知っておくには必要でしょうが、画調が暗く沈鬱な空気に包まれることにもなっており、此処はある程度端折った方が作品全体の画調とストーリー展開のリズムが軽快になったであろうと愚考します。
KeithKH

KeithKH