幽斎

リンドグレーンの幽斎のレビュー・感想・評価

リンドグレーン(2018年製作の映画)
4.6
世界的な児童文学作家の半生を描くが、ハリウッドの様なサクセスを描くのでは無く、作家への道を歩む過程をトレースする。子供から大人へ、そして女性と母の成長を切り取る事で、時代背景までも浮き彫りにする。それは美しい「蝶」が辿る「蛹」を観客の私達も見守る、優しい視点に包まれてる。孵化する蝶は蛹の時は殆ど動かない。羽化する彼女の人生を私達も一緒に追体験する、ソフィスティケートな演出も秀逸。

Astrid Lindgren。スウェーデンを代表する児童文学作家。世界70ヶ国語以上で翻訳され、100の国で出版。 彼女の著書は子供達の権利や動物への擁護をテーマとして描かれ、如何なる虐待にも反対の立場を貫いてる。デビュー作「長くつ下のピッピ」が最初に刊行されたのが1945年、ルーツは彼女が小学生の時に出逢った祖国の女性活動家Ellen Karolinaとの出逢い。フェミニストの先駆者と呼ばれた人との出会いが、後に多くの作品を残す礎と成る。リンドグレーンも功績が認められ国際アンデルセン賞を受賞してる。

有名な「長くつ下のピッピ」「やかまし村の子どもたち」「ロッタちゃん」元々彼女が教師をしながら、子供の為に書いた作品が執筆活動の始まり。小さな牧場の豊かな田園風景の美しい土地柄で育った、幼少期の体験が描かれる。日本では岩波書店がリンドグレーン作品集として1964年に紹介したのが始まり、テーマの分り易さとスウェーデンの牧歌的ヴィジュアルがマッチして、作品の多くは映画やTV作品化された。

女性は子供から大人に成る過程で異性を意識するが、彼女の場合は、社会背景から男女間の格差が浮かび上がり、問題視され始めた時代。それまで自然豊かな環境で真っ直ぐに育った彼女に、社会の壁が大きく立ち塞がる。そんな孤独な葛藤を更に浮き彫りにするのが「子育て」。作品の中で万国共通で有る「愛する者への慈しみ」と、それに対比する「愛する者との別れ」を具体的に描写する事で、共感を得る為の演出では無い、リアリティをナチュラルに語る事で、子育てに悩む多くの母親達の深層に問い掛ける。彼女が後に成功する事が分っていても、応援せずには居られない。

演出面で秀逸なのは、出産の痛みを描く作品は多く有るが「その後」子離れに対する痛みを描く、それも精神的な悩みでは無く、肉体的な目に見える形で描く作劇は初めて観た。そうする事で、出産の経験が無い男でも、彼女の痛みに対するインパクトが分る描写はファンタスティック。後に彼女は世界中の女性の憧れであり、目標にも成った。細やかな人との出会いが醸し出す好転への道則。本作は基本的に親と子の距離感をテーマに描くが、最後にバタフライの如く羽をはためかせる彼女、正に蛹からの脱皮を見届ける爽やかな、そして静かな感動が心に染み入る。

自己肯定を持ち難い、女性へのポジティブなメッセージ。前を向く、その気持ちの大切さを貴方も感じて欲しい。
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