ヨーク

リンドグレーンのヨークのレビュー・感想・評価

リンドグレーン(2018年製作の映画)
4.2
お恥ずかしながら俺は『リンドグレーン』というタイトルを目にしたときは何もピンときていなかったのだけれど本作の予告編を見てあの『長くつ下のピッピ』の作者であるアストリッド・リンドグレーンの伝記映画だと知り即映画館へと足を運びました。俺が『長くつ下のピッピ』を初めて読んだのは20歳を超えたくらいの頃で、なぜこれを子供時代に読まなかったのかと後悔したものでした。後に高畑勲、宮崎駿、小田部羊一がアニメ化に奔走していたと聞いたけれどそのバージョンも観てみたかったなぁと思います。まぁピッピの話はいいからこの映画の感想を書こう。
そんなわけで俺はアストリッド・リンドグレーンの作品は知っていたが彼女自身のことはろくに知らなかった。なので本作はちょうどよくて教養的な意味でも観ておくかという感じだったんですが、正直に言うと映画自体は結構最後の方まであんまり気持ちが乗らなかった。別につまらないわけではないが、なんかとっ散らかってる感じがしたのだ。映画は冒頭、晩年であろうと思われる老アストリッドの姿から始まる。彼女が読者である子供たちのファンレターを開封して拙い感想や子供らしいファンアートを眺めるシーンから始まるのだ。そこから一気にシーンはアストリッドの少女時代へと遡り彼女の半生が語られ始める。なので俺はずっと作家アストリッド・リンドグレーンが誕生してサクセスする過程を描く映画だと思っていたのだ。よくあるじゃないですか、あのヒット作が生まれた裏にこんなエピソードが! みたいなやつ。それで一度は成功して、でも調子に乗って凋落して、そこからまた再起する、みたいなやつ。ミュージシャンの伝記映画なんかだとそういう構成は鉄板になっている気がする。
だけど本作は違ったんですよね。妄想好きで文章を書くのが大好きなアストリッド少女は縁あって新聞社で助手として働くようになるんだけどそこの雇い主とただならぬ関係になってしまう。厄介なのはその雇い主は現在まだ離婚の調停中で独身ではなかったこと。その関係がこじれたままアストリッドは今でいうシンママになってしまうわけですよ。雇い主は「早く離婚をして君と一緒に暮らしたい」とか言うけど口だけで全然関係が前に進まない。さらにアストリッドはおそらく厳格なカトリック教区の人間でシングルマザーが認められないから子供は外国(ベルギー)の施設に一時的に里子に出すような事態となり、自分の子に会いたくても会えないという状況に陥るのですね。実の両親も教区や村のしきたりに従順でシングルマザーとして生きていくアストリッドに対してはあまり協力してくれない。子連れで田舎に出戻った女性が世間体を気にする親からも疎まれるなんてのは現代でもよくあることだとは思いますが。
そういった悩ましい状況から生まれるあれやこれやが本作の上映時間の大半を占めていて作家のサクセスストーリー的な部分はまったくないんですよね。著名な児童文学家の物語を見せたいのか女性の自立的な物語を見せたいのか田舎の狭い共同体の中で保守とリベラルに揺れる家族の絆を見せたいのか、それともメロドラマでも見せたいのか、その辺がどっちつかずで視点が定まらないままなのでいまいち気分が乗らずに観ていたんですよ。
でもそれは俺が間違ってた。アホだった。全然映画を観れてなかった。
ネタバレ配慮で詳しくは書きませんが映画の最後の方でアストリッドが子供に物語を語るシーンがあるんですよ。もうそこでボロ泣きしたね。そのシーンで俺がとっ散らかっていると思っていた本作の要素が全部つながった。見事と言う他ない。
本作が本当に描きたかったものはきっと、物語が生まれる瞬間、なのだと思う。むずがる子供を寝かしつけるために即興で創られる物語。ただ、それは即興だけれど彼女がかつて見たものや聴いたものや感じたことの延長線上にあるのだ。逆にいうと真に価値ある物語はそこからしか生まれ得ないとも言えるだろう。好きな絵本や小説や映画や漫画なんかの真似をして描くのもいいけれど、自分の人生から沁み出してきたものでないと語り得ないものは間違いなくあると思う。本作でいうならば少女時代から描かれた一人の主人公がやがて大人の女性となり自分の子供に、他の誰にも語ることのできない物語を聞かせた、ということがもっとも大事なことなのだと思う。ぶっちゃけてしまうとその女性が後に偉大で著名な作家になったかどうかなんてどうでもいいのだ。物語が生まれるその瞬間と、その物語を他人と共有することができると思わせるに足る説得力のあるシーンが、もうダメですね。ボロ泣きする。
あなたにしか語り得ない物語があるということ。その物語が生まれる瞬間を切り取ることに成功したのが『リンドグレーン』という映画なのだと思う。だからとっ散らかっていていいんですよ。とっ散らかっていない人生を生きている人なんていないんだもん。さらに言えば上記したように本作は、老アストリッドが受け取ったファンレターに目を通すシーンから始まるのですが、それってかつてのアストリッドからの手紙ですよね。まだ物語を持たない子供たちからの手紙。そしてそんな子供たちにアストリッドは自分だけの物語を持つきっかけとなる作品を与えたわけですよ。なんと素晴らしい構成の映画なのだろうと思う。どこがとっ散らかってんだよ、アホか俺は。めっちゃ強固な脚本じゃないか。
とりあえず彼女の著作は読み返さねばなと思いましたよ。いい映画でした。素晴らしい。
でもメインテーマじゃなくてとっ散らかってると思いながら観ていたシンママの細うで繫盛記的な部分もそれはそれで面白かったですよ。