KnightsofOdessa

Sinbad(英題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Sinbad(英題)(1971年製作の映画)
5.0
[美しき記憶の旅行、ゴシック版「砂時計」] 100点(ATB3位)

記憶とは美しいものだ。デジタルと異なる唯一のアナログ記録機構であり、感情と経年によって常に変動し、歩んだ道を振り返ると一枚絵の如くそこに存在する。本作品は老境に入ったシンドバッドが自らの人生を彩った女たちをフラッシュバックのように必ずしも時系列を追わない幻想的な夢として巡る物語である。このあらすじだけで泣けてくるが、これにゴシック版の「砂時計」宛らの極彩色を用いたハンガリーの映画であるという二重に嬉しい要素が重なり、私のオールタイムベストにまっしぐらである。

御者のいない馬車に揺られて、目を閉じたシンドバッドが旅立つ。亡くなったのだろうか、眠っているのだろうか。彼は過去の女たちを回想していき、数々の別れを思い起こす。正直内容はこれだけなのだが、数多くの個性的な女たちが登場し、シンドバッドの走馬灯を彩っているのだ。冒頭に繰り広げられる二人の少女によるダンス及びラスト付近に配置される湖でのスケートダンスの映像美が凄すぎて泣いてしまった。

本作品はハンガリーのアヴァンギャルド作家ジュラ・クルディの同名小説を映画化したもので、ハンガリー国内ではアート映画としては異例のヒットを記録したにも関わらず、ハンガリー当局はクルディの小説が外国語に訳出できないことを理由に国外への宣伝を怠った。これによってハンガリー国内では20世紀最高のハンガリー映画10本に選出されるような類の映画であるにも関わらず、諸外国には一切知られていないという奇っ怪な現象が起こっているのである。

本作品の成功によって次回作を期待されたフサーリクであったが、本人が長編映画に興味がなかったせいか長らく長編映画から離れていた。次回作「死海のほとり」はそんな中製作された彼の長編二作目であるが、主演俳優の事故死や度重なる脚本の書き直しによって予算と期待は膨らみに膨らみ、公開されたときに酷評された。フサーリクは再起不能となり、本作品が公開されたちょうど10年後に自殺するのだった。

ちなみに、私がパーシヴァルならアルテミスとのデートにシンドバッドの格好をして行くだろう(嘘)。
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