幽斎

ストレイ・ドッグの幽斎のレビュー・感想・評価

ストレイ・ドッグ(2018年製作の映画)
4.2
邦題ストレイ・ドッグ「Stray dog」捨て犬。原題「Destroyer」人を指すので自己破壊者。彼女の長いキャリアで、初めて刑事役に挑んだ作品。1970年代のアメリカ犯罪映画を現代に甦らせた、ノワール・スリラー。

Nicole Kidman、53歳。アメリカ系オーストラリア人。4度のアカデミー賞ノミネートで主演女優賞。ゴールデングローブ16度ノミネートで5度受賞。彼女を語るにはTom Cruiseは外せない。「デッドカーム/戦慄の航海」を見て一目惚れ。「デイズ・オブ・サンダー」共演で彼女もハリウッド入りし、結婚。順調なキャリアの転機は離婚後初の作品「めぐりあう時間たち」以降は演技派としての地位を確立。トムの美人妻と言うポジションを捨て彼女は輝き出した。もしかして、さげチン?"笑"。

女性の権利を守る活動家として知られ、ユニセフ親善大使を歴任。最近では女性監督の支援にも積極的に携わる。オーストラリア時代のルームメイトNaomi Wattsは無二の親友。彼女が仕事が無くて女優を諦め、イギリスに帰ろうとした時もSean Pennに相談して「21グラム」ヒロイン抜擢をアシスト。難しい医学用語の台本を見て、台詞のコーチまで買って出た。以降自分に来たオファーを何度か彼女に譲ってる。

Karyn K. Kusama、Nicoleと同じ53歳の女性監督。父親は草間、函館出身の日本人。アメリカで小児精神科医として働く。母親はアメリカ人。NYUニューヨーク大学出身、この大学の映画学科は全米屈指で、M. Night Shyamalan監督、Oliver Stone監督、Martin Scorsese監督、Woody Allen監督(成績不振で退学)など、30名以上のアカデミー賞受賞者を輩出する名門。学生時代のボクシングを活かした「ガールファイト」長編デビュー。レビュー済「インビテーション 不吉な招待状」批評家から絶賛され、多くの賞を獲得。Filmarksで意味不明と的外れに酷評されるが、アメリカでは別名「スリラーのリトマス試験紙」これが解ればヒッチコックが語れる、未見の方はお試しあれ。

本作はレビュー済「ウルフ・アワー」Fred Berger製作。彼は「ラ・ラ・ランド」を成功に導いた辣腕プロデューサー。その彼が本作とウルフの脚本をNicoleに見せ、一度はウルフの主演が決まるが、態度を保留し2ヶ月熟考して本作への出演を決める。ウルフはWattsに譲った。もしコレがWattsだったら?想像するのも実に面白い。ガン・アクションと格闘シーンが今まで有りそうで無かったNicole。50歳を過ぎて新たなチャレンジと凡庸なフレーズは使いたくないが、180㎝の長身を活かした絵に成るカッコ良さは1㎜も無い。スリラーなので、ボヤッと見て欲しくないが、冒頭のシーンは重要な伏線。容姿に惑わされず、注意深く記憶に留めて欲しい。

レビュー済「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」「ビガイルド 欲望のめざめ」「ザ・ゴールドフィンチ」「スキャンダル」何れも共演で最近では主演はない。単体女優として異彩を放つ本作は、ゴールデングローブ主演女優賞ノミネート作品だが、ソレも納得。ルックスをステルス化しても、オープニングから無言の存在感が炸裂、喋らずとも狼の匂いを画面から漂わせる。精巧な特殊メイクで整形を繰り返す美貌を封印してまで、なぜ演じたかったのか?。

ノワール・スリラー(クライムサスペンス)と言えば肉体派男優が演じるハリウッド、或いはイギリスの偶像劇が一般的。女性が主人公も無くはないが、それは「ファム・ファタール」狂言回し。Nicoleは進歩しない女性の描き方に辟易、既存のレッテルを外す役目を自ら買って出た。男性社会に一人で乗り込んで行く姿を、オーストラリアからハリウッドの夢の世界へ来た記憶と重ねた。監督は単なるノワールに仕立てるのではなく、女性らしく「母親」と言う重荷をNicoleに背負わせる。母性と言う、これまでノワールで描かれなかった世界観は、母と言うステレオタイプの脱却すら感じる。

監督はアメリカのトレンド、ジェンダーロールもテーマに掲げる。それは過去の「刑事」「母親」「魔性の女」メソッドの一新。クライム系らしい時間軸で、慣れない人は面食らうかもしれないが、断片的な時系列を見せる事で、フラッシュバックから主人公が生まれ変わる、必要なギミックに見える。女性の新しい姿を見せる本作が、あまり女性から共感されないのは皮肉だが、男以上に複雑な女性客の共感を得る橋頭堡は充分に果たした。狂犬の様な威圧感で演じ切ったNicole。役者としての彼女に惜しみない拍手を送りたい。

「スキャンダル」共演したCharlize Theron「モンスター」パクリ、と言う手厳しい意見に50%は賛同する。本作のネックは「脚本」に尽きる。書いたのは「インビテーション 不吉な招待状」同じ2人組だが、ノワールを描くには観客へのカタルシスが必要不可欠。同じノワールでもレビュー済「ジェントルメン」最後はスカッと爽やかコカコーラ(先輩が言うには、過去にそんなCMが有った)が求められる。スリラーの旗手らしく、ミスリードを誘う展開は悪くないし寧ろ好きだが、伏線を回収しても達成感に乏しく、スリラーとして秀逸でも、ノワールとして凡庸に見えるので歯痒く思う。コンセプチュアルを性に合わせて崩すのは、悪い考えではない。だが、プロットの接点である過去の行いに観客が共感しなければ、雲消霧散に終わる。女性監督が女性の同情を誘う演出を嫌ったのはムリも無いが、女性が共感しない理由「これって自業自得じゃん」はい、仰る通りです"笑"。

「ハードボイルド」と言うジャンル自体がオワコン。広がりの無い世界観、どうって事無い話を回り諄く、カッコ付けて(此処が重要)意味有り気に深刻ぶって語る。話の風呂敷を広げるパラドックスはもう錆び付いてる。Noirの意味はフランス語で「黒」それを映画では闇社会。闇に蠢くノワールを、直射日光の元で描いたのがモダン且つインテリジェンス。同い年の2人が夢中で見た「L.A.大捜査線/狼たちの街」復活を狙った、のかもしれない。

Nicoleは撮影中にインフルエンザに罹患したが点滴を打ち最後まで演じ切った。ムリにお薦めはしない。
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