あんがすざろっく

アド・アストラのあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

アド・アストラ(2019年製作の映画)
5.0
ブラッド・ピットの人気に乗っかったり、彼の見せ場を作ろうとしていたら、恐らくこのような仕上がりにはならなかったでしょう。

やっぱりピットの凄さは(敢えてブラピとは書きません)、これだけ最初から最後まで出ずっぱりで、しかもアップがほとんどなのに、全く見飽きないこと。
主役を張る人って、スター性とかカリスマ性が必要だと思いますけど、見飽きないという部分ではピットは本当に魅力的。
しかも今回のピットは、色んな表情を見せるとか、彼の様々な側面を映すことに腐心していません。
個性的な演技やキャラクターを期待すると、肩透かしを喰らいます。
コスプレは無し。派手なスタントも、人懐っこい茶目っ気も無し。
本当に抑えた演技で、微妙な目の動きや喉の動き
、溜飲の仕草で、ロイという人物を表現しています。
これだけ感情の起伏が少ない役を見せ続けるのは、キャラクター同様、忍耐力がいるでしょうね。


僕はいろんなジャンルの映画を観ますが、とりわけSF、特に宇宙を舞台にした作品が大好きです。
宇宙ってそう簡単に目にすることは出来ないし、だからこそ想像力を掻き立てられますよね。
宇宙の捉え方は監督それぞれに違いますから、
「インターステラー」のように、娯楽性たっぷりに作ることも出来るし、「エイリアン」や「イベント・ホライゾン」のように宇宙での逃げ場のない恐怖を描くことも出来ます。
「コンタクト」は地球外生命体との接触、「アポロ13」や「ファースト・マン」は実話をベースにしたドラマ、「2001年宇宙の旅」は難解なSF文学。
「月に囚われた男」のようなサスペンスタッチの作品もあれば、「ギャラクシー・クエスト」や「銀河ヒッチハイク・ガイド」はコメディタッチです。
まだまだたくさんありますけど(とりあえず好きな作品だけ挙げました)、その表現方法だけとっても、作風が多岐に渡ります。
だから観客の好みも分かれるところ。
今回の「アド・アストラ」は、上に挙げたような作品のテーマを、ほとんど内包しています(コメディ要素はないけど)。
近い未来を舞台にしてはいるものの、その未来の姿は飛び抜けて飛躍はしていないし、現実の地続きのように思えます。
さながら未来を描きながらも、まるで何処か他の国の現実を直視させられている「トゥモロー・ワールド」のような。



ピット演じる宇宙飛行士のロイは、軍人としての訓練もうけており、どんな危険な状況においても冷静な判断ができる、強靭な精神の持ち主。
だが、他人とのコミュニケーションの取り方に問題がある。
必要のないものは除外する。
だから、恋人との関係もばっさりと終わらせてしまう。
宇宙への道筋を作る危険な仕事をしているから、
いつ自分の身に何があっても悲しむ人がいないよう、人との繋がりを閉ざしている。
孤独だからこそ、どんな状況に置かれても平常心を保てるし、心拍数が乱れることもない。正に未知の任務に相応しい性格。
それはそれで、職務に忠実とも言える。

そのロイに、新たなミッションが下る。
16年前、海王星に探査に旅立ったまま消息を絶った父が、生きているかも知れないという。
幼い頃から宇宙探索の先駆者である父に憧れ、同じ道を選んだはずのロイだが、家庭は顧みずに研究に没頭した父だけに、父親からの愛情には恵まれなかった。

父は本当に生きているのか。
何故消息を絶ったのか。海王星には、宇宙の果てには、何が待っているのか。
全ての答えを探す為、ロイは火星から父へのメッセージを送り続ける…。


最初こそ、父の生存を聞いて驚くものの、ロイはそれも冷静に受け止める。
しかし、海王星に近づくにつれ、父の生存を強く感じるようになるにつれ、彼の行く手は阻まれ、徐々にロイは感情を表に出していく。平常心を保てなくなる。

この変化がとてもピットは上手いんです。
ロイのキャラクターを崩すことなく、感情に起伏を持たせ始めます。
ピットの演技力を見せるのではなくて、悪魔でもロイをベースに変化をさせます。
今まで彼の作品を何本も観ていますが、役者としてはベストアクトだと断言できます。

勿論ピットだけしか出演していない訳ではありませんよ。
ロイの父親役にトミー・リー・ジョーンズ。
その親友にドナルド・サザーランド。
この二人、同じく宇宙へ飛び立つ「スペースカウボーイ」でも共演してましたね‼︎
作品は、僕にはあまりピンとこなかったんだけど(笑)、この機会にもう一度見返そうかなぁ。

父ジョーンズが、宇宙から息子であるロイにメッセージを送りますが、その内容たるや、いやぁ、息子を愛してはいるんだろうけど、それを表現するのが下手なんでしょうね。
でもこのシーン、僕は好きでした。
にしてもピットとジョーンズ、目の辺りがそっくりなんですよね‼︎
よく親子役をオファーしてくれました。

リブ・タイラーがロイの恋人役で出演していますが、ピントが合ってなかったり、テレビ画面の中だったり、その姿が安定しない。
恐らくこれが、ロイにとっての彼女の見え方だったんでしょうね。
この後の二人の間に、どんなドラマが待ち受けているのか。

作品中、銃撃戦や、人間以外のものの急襲を受けたり、アクションやサスペンス要素も勿論あるんですが、そこには引っ張られずに、最後までロイの旅を描くんです。
恐らく、このシーンが、観客の好き嫌いを分けるところですかね。
「このシーン、必要だった?この流れなら、もっと違うものを期待しかけたのに」
そう思われる方もいるでしょう。

僕はこのシーンは、絶対必要だったと思います。
宇宙という、莫大で広大な資源を目の前にして起こる略奪。
人間では、到底コントロールし切れない、生物本能。
それは映画のエンターテイメント性を保つ為に必要なものである以前に、人間を描く為に必然的な描写だと思ったからです。
だけど、本作のテーマはそこではありません。
ロイが他人を許容していくこと、人間のあざとさや愚かさを目の当たりにした上で、それでも他人を認めようとする成長の物語だからです。
ロイの立場になってみて(急襲のシーンは、ロイは直接見ていませんが)、このエピソードが、明らかに彼の人生観に大きく影響しているはずです。
だから、これらのシーンは必要だったと思います。



僕は「コンタクト」が大好きで、レビューもあげましたけど、あの作品は地球外生命体との接触を試みる物語です。
だけどあの異星人の姿とか、途中で入る妙ちきりんな日本描写のせいで、僕の周りではどうも正当に評価されていないことが、悔しくてなりません。
そこじゃないんだけどなぁ。
そこで評価されては、あの作品の目指していたものや伝えたかったことに行き着かないと思うんです。
まぁ、あの日本描写は確かにおかしいけどね(笑)。



ここから、ラストに言及させてもらいますので、未見の方はご注意頂きたいのですが。





































作品の最後にロイは、身近な人に心を委ねることを語っています。
父親との別れを経て、ロイが辿り着いた一つの決着。
起伏が少ない演技であったのに、その穏やかな語り口は、オープニングのロイとは明らかに違います。
ロイの旅はこうして終わりを迎えます。
ほぼブラッド・ピットが全編出演していますが、スター映画にはなってないんです。
とにかく、ブラッド・ピットという俳優の奥深さを見られます。


人生について、考えさせられる映画でしたね。
今年のベストワンかも知れない。
それぐらい、無駄のない、充実した時間を過ごせる作品でした。
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