うえびん

テルアビブ・オン・ファイアのうえびんのレビュー・感想・評価

4.2
コメディへの昇華

パレスチナ問題は、問題の根が深く長く続いていることは知っていたけど、紛争が起こると新聞やニュースで目にしながら強く印象に残ることがなかった。この映画を観て、詳しく知りたいと思って調べてみた。アラブ人とユダヤ人が対立する理由、映画で描かれる検問所の役割などがよく分かった。イスラエル国内の移動でも、アラブ人はイスラエル軍の許可を得るために検問を通過しなければいけないということに驚いた。

アラブ人のサラームと恋人や母、イスラエル軍司令官のアッシとその家族、イスラエル国に暮らす市井の人たちを知ることで、その背景にある国や歴史をもっと知りたいと思った。タイピングの文字が右から左に打ち込まれることや、フムスというアラビアの郷土料理など、初めて見る文化は新鮮だった。

何より、映画の中に出てくるドラマという劇中劇の構造が面白かった。主人公のサラームの脚本によるドラマの中のセリフと、映画の登場人物の生活の中の言葉が入れ子で行ったり来たりするのがとっても面白く、お洒落な脚本だなぁと感じた。

アラブとユダヤの対立というシビアなテーマを扱いながら、どちらが正しく、どちらが間違っているか、相手に対する偏見や先入観が強く描かれないことで逆に抑圧された思いが強く感じられた。サラームは、いつも飄々としていて決して怒りの感情を表さない。耳がよく、人の話をよく聴くことが彼の持ち味だ。自己主張の強い身の回りの人たちの話をよく聞きながらも、その高圧的な態度や一方的な言葉に怒りをため込んでいる。恋人のマリアムに対する「パリでも東京でも、自分の住みたい場所に行きたいよ」「占領が無いから」という言葉は、ひじょうに重たい言葉だった。

脚本家サラームがドラマの最後に振り絞った知恵は、苦肉の策であったのかもしれない。アラブ人のおじは「攻撃か降伏か」と二者択一を迫り、イスラエル人のアッシは自民族の支配を匂わせる結末を求める。どちらの提案(要求)を採用しても、二項対立は平行線をたどるか、一方の強い反発を招くだけだっただろう。

議論にしかならなかったイスラエル人の〇〇さん、アラブ人の〇〇さんといった視点から、〇〇さん個人の自尊心を満たすことに視点をずらしたのには思わず膝を打ってしまった。また、喧嘩両成敗っていうのも一つの人間社会の知恵だよなって思った。
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