Zhivago

ホワイト・クロウ 伝説のダンサーのZhivagoのレビュー・感想・評価

4.1
バレエ好きなら観る価値あり。
 ヌレエフの亡命をその生い立ちを絡めて描く。いわば「あのヌレエフ」になる前のヌレエフを描いている。
 ヌレエフは私がバレエ好きになる前の人で、よく知らない。過去映像でしかみたことないが、映像だけでは本当の良さは分からない。
 ソビエトのウファでの幼少時代、両親の存在、北部の中央アジアでの凍てついた生活環境、タタール人という出自。家族はいかにも中央アジアという顔つきだ。
 舞踏学校に入学し、母親に見守られながら、民族舞踏を踊る場面がある。彼はソビエトの人間であり、また、中央アジアの人間なのだ。その源流がしっかりと描かれていて、同じモンゴロイド系の日本人である私にとっても妙な共感のできるものであった。
 ロシア料理店でロシア人の給仕が中央アジアン(バシキール人)である自分を下に見ていると考えるヌレエフの描写。中央アジアンとしてのヌレエフがそこかしこに描かれる。ソビエトとアジア。欧州とアジア。色々と感じる材料になる。
 レニングラード(サンクトペテルブルク)のロケ。ひと昔前までは政治亡命した人間を描く西側の作品で、レニングラードロケなどありえない。凄い時代になったもんだと思う。それはつまり、「ソビエト」が過去にものになったということなんだろう。物事が過去のものになるということは意味のあることなんだと。
 同じようにヌレエフが映画になる。彼が生きていたらこんな映画はできないだろう。人が鬼籍に入ることの意味もあるんだなと。
 ロシア語を使う場面がかなり多い。まるでロシア制作の作品のようだ。エンタメ性を犠牲にしているかもしれないが、とても真面目な作り。
 封切り早々の土曜日の武蔵野館の夜の回。思ったほどの混雑ではなかった。もしかしたら、作品が武蔵野館の客層に合っていないのだろうか。ブンカムラでやったらもっとバレエ好きが来るかもしれない。
 2時間という枠でよくまとめたと思う。遠く冷戦時代の中央アジアに思いをはせる。ノスタルジー的な何か。そんな残像が残る作品であった。

※バレエ音楽をこれでもかと聞かせてくれる。シアターを出てゆっくり飲まずにはいられない。ブルースやロックのかかるバーは場違いだ。ということでクラシックをかけるバーでクールダウンした。アフターシアターも含めて良い休日になった。
※6月に英国ロイヤルバレエが来る。ヌレエフとは関係ないが、ちょうど良い前哨戦になった。