うめまつ

LORO 欲望のイタリアのうめまつのレビュー・感想・評価

LORO 欲望のイタリア(2018年製作の映画)
3.8
人生のように先が見えなくて長い長い160分だった。今は一生のうちのどの辺なんだろうとぼんやり思う時、当然ながら過ぎていった距離しか測れないのでいつも迷子だ。20歳の女の子も70歳のお爺さんも一生という一本しか引けないラインの先頭に立って居るのは同じで、誰もその先の長さと軌道を知ることはできない。真新しい今日を乗り切って行くのは毎日同じなのに、目覚める度に身体だけが老いてゆく残酷さ。昨日まで新しかったものがある日突然古びて見える虚しさ。束の間の狂乱や底のない欲望や終わらない退屈の中に美しいひと匙の思い出が出現するから今日も現実を生きられる。

人生は真っ白で広大な布の上に、下書きなしで刺繍をひと針ひと針刺して模様を描くようなものだ。だから徒労と恐怖で身動きが取れなくなる。自分だけの美しい模様を描く自信がないから先人を真似たくなる。誰かの刺繍に見惚れたり呆れたり驚いたりしてる間に取り留めなく零れ落ちてゆく時間。私の刺繍は躊躇ったり失敗した針穴が沢山空いて布が傷んだまま、まだまだ多くの余白を持て余している。見ている間何故かそれを白日の下に晒されているような心許ない気持ちになった。でも続きのひと針を刺す勇気が出ないから、こうして映画という刺繍見本を沢山見てるんだろうなぁ、なんて事を思った。

この物語で描かれている具象や特定の人物については興味がないし特に好きな作品ではないけど、こうして思いがけない引き出しが開けられてぽろぽろと由無し事が溢れてくるような、思考や感覚に作用する映画だった。あと「金と意見と心情はあるなら出した方がいい。仕舞っておくと使わなくなるからだ。」というようなうろ覚えの台詞に感化されて、自分の心の声と激しい意見交換をした結果まんまと冬のコートを新調した。心にもお財布にも響く映画の持つ力って強い。
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