茶一郎

運び屋の茶一郎のレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
3.9
 『グラン・トリノ』が映画俳優クリント・イーストウッドにとっての集大成だとしたら、本作『運び屋』はクリント・イーストウッド「個人」としての集大成のような映画で、見ていて途端に「もしかしたらこれが最期の映画かもしれない……」と不吉な思いがよぎってしまいまともにスクリーンを直視できません。それほどにスクリーンに映るイーストウッドは『人生の特等席』から老いていました。

 動画でのレビューはこちら https://www.youtube.com/watch?v=BZmQ4YMI4aI&

 しかし老いていないのは映画的なセンスで、ただ87歳の老人が高速道路を行ったり来たりするだけの映画を何で、こんなに面白く撮れるのかサッパリ分かりません。
 「前科なしの87歳の老人がコカインの運び屋だった」という驚くべき実話をベースに、普通に映画にしたら「世界仰天ニュース」で終わってしまう内容を、近年の実話ベースのイーストウッド作品同様、とてつもなく映画的に見せて行きます。

 「どうしても主演を他の役者に譲りたくなかった」と語るイーストウッドですが、百合愛好家の中で高い評価を得ている百合の「作り手」はまさしく映画作家イーストウッド本人なのでしょう。
 家族を顧みず、ひたすらに「百合作り」に没頭した主人公は何回もの離婚を重ねた映画作家イーストウッドであり、劇中で彼の娘をアリソン・イーストウッドが演じている訳ですから、もうこれはイーストウッド本人の映画として見ない事の方が難しいです。
 
 人生の最期、おそろかにしていた家族に振り向いてもらうため、またひたすらに車を走らせコカインを運ぶイーストウッド=主人公。彼の走りを止めるのがブラッドリー・クーパー扮する警官というのもまた意味深い。
 『アリー/スター誕生』の企画を『アメリカン・スナイパー』撮影中に、B・クーパーに渡し、監督としてのクーパー誕生の発端人は言うまでもなくイーストウッド、そして彼は弟子のクーパー(ロバート・ロレンツなんて知らん)に自分の走りを止めさせるという二重構造です。これを弟子への継承と見ずにどう見ればいいんだ!?

 不謹慎ながらイーストウッド新作は、常にイーストウッド本人が亡くなってしまうのではないかというサスペンスが付き物ですが、本作『運び屋』はそのサスペンスの緊張が頂点にくるような体験でした。頼むからイーストウッド、この後も『トランスポーター』くらい元気に運び屋を続けてくれ……!?
茶一郎

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