あんがすざろっく

運び屋のあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
4.5
僕がクリント・イーストウッドの魅力に気付いたのは、かなり遅い方です。劇場へは1992年の「許されざる者」から足を運んでます。「パーフェクトワールド」は大好きな作品ですが、それを除けば、しばらくの間、僕はイーストウッドの映画は観には行くけど、大好きになれなかった。「許されざる者」も、アカデミー賞を受賞したから観に行きました。
何でしょうね、主人公のキャラクターに、どうも今一歩踏み込めない。共感が出来なかったんです。どこか突き放した感じがありませんか?
壁があるまま、いつも幕が降りた。
それでもいつかは分かるかも、そんな思いを抱えながら、イーストウッドの映画に向き合って来ました。
その壁が一気に取り払われたのが、「ミスティック・リバー」でした。
息苦しくなる程の濃密なドラマ、女性キャラクターもしっかり深く描かれている。
この時に初めて、あっ、イーストウッドって、やっぱり凄い監督なんだ、と遅まきながら気付いた訳です(笑)。

2008年の「グラン・トリノ」で、完全にノックアウトされました。これが80歳近い方が撮れる作品ですか?
壮絶な結末のはずなのに、何故か穏やかな気持ちになる。
不思議ですね…。

そして届いた新作「運び屋」。
この人の創作意欲は、尽きることがないんでしょうか。
仕事柄、高齢者を身近で大勢見ていますが、やはり好きなこと、やりたいことをやっている人は、気持ちも若いですよ。
作品の中でもそうですけど、今回はイーストウッドがとても楽しそう。人生を楽しんでいる姿が羨ましいです。

大好きな農園で花を育て、周りの人達からも愛されるアール。
ところが、彼は家族を犠牲にして、仕事一筋で生きてきた。
分かっているはずなのに、娘の結婚式にすら出席しない。
こうなると、妻からも娘からも相手にされない。
時が経ち、大きくなった孫娘だけが、アールを慕ってくれている。

そんなアールに、車を運転するだけで大金が手に入る仕事が舞い込む。
農園が廃れ、家さえも差し押さえられた収入のないアールには、何よりも有難い話だった。
ある荷物を指示された場所まで運ぶ、簡単な仕事のはずだったが…。

「グラン・トリノ」で見せた、怖いもの知らずの
爺様(失礼)の姿はまるで見えない、等身大の「お爺ちゃん」の姿に、何だかハラハラしてしまう展開。素性の分からない、いかにも危ない匂いがプンプンする兄ちゃん達に囲まれて、大丈夫なんだろうか…。それがサスペンスにもなってるんですね。
だけどとてもスマートで紳士、普段のイーストウッド氏も、こんな感じではないかと思ってしまいます。

アールは家族との時間も顧みず、仕事に没頭してきました。
それは、周りの人から愛されていたからです。自分の居場所があったから。
家の中では俺は役立たずだから、と、アールは妻に正直に告白します。
分かるんです、僕の爺ちゃんもそんな感じでしたから。

爺ちゃんはそこそこ名の知れた画家だったんですが、家に帰るのはいつも遅くて、色んなところに出かけては、知り合いの人達と過ごすのが好きだったんです。周りの人が「先生、先生」って持ち上げてくれるから。
僕は爺ちゃんは嫌いでなかったですが、両親は家庭よりも外のことを大事にしている爺ちゃんを快く思ってなかったですね…。

家事が得意な男性もそうですが、家の中のことを手伝って、子育ても上手で、奥さんのことをいつも気にかけている、そんな男性やお父さんを、僕は尊敬します。
少なからず、僕は爺ちゃんの血をひいてしまっていると思いますから。
奥さんと喧嘩すれば、すぐに「仕事」に逃げることができる。
家の中にいるよりも、仕事場や友人達の中にいた方が、自分の居場所があるんです。
だからこういう作品を観ると、身につまされる思いです(笑)。
いや、笑い事じゃないんですけどね。
映画を観る度に、あ〜、こんな亭主じゃいけない、こんな親父じゃいけない、と反省の繰り返しです。
僕にとって映画は、娯楽でもありますけど、人生の勉強でもあるようです。
やはり家族あってこその自分ですから。

奥さんがアールに言う言葉がありますけど、
それを聞いて、ある女優さんの顔が思い浮かびました。
つい最近、日本の名女優さんが亡くなられて、その方は若い頃に結婚されていますけど、夫婦生活は長く続かなかったようですね。ずっと別居しているのに、ご主人が早くに離婚届を出していたのに、絶対それを受け付けずに、亡くなるまで離縁されなかった。
周りから見ると、とても不思議な関係に見えましたけど(それは娘さんにも理解するのが難しかったようですが)、夫婦にしか分からない絆があったんだと思います。
今朝ニュースで、そのご主人も亡くなったとのこと。破天荒な生き方をされる方でしたけど、奥さんが亡くなられた後意気消沈してましたからね。早く奥さんに会いたかったんでしょうか。

だいぶ話が逸れましたが、本作でイーストウッド
が描きたかったもの、勿論実話から着想を得たんでしょうが、夫婦の絆だったのだと思います。

ロードムービーとしても素晴らしく、途中でアールは自分が何を運んでいるかを理解しながらも、自分の気の向くままに寄り道し、まるで緊張感とは無縁なドライブ。
それが逆に予想もできない運び屋の役目を果たしていたという。
そして、「グラン・トリノ」とはまた違った、男のケジメ。

イーストウッドの作品が分かるようになったのは、自分がある程度の年齢に達したからなのかも知れませんね。
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