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運び屋のokomeのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
5.0
「100まで生きようなんて考えるのは、99歳のヤツだけだ」


去年の同じ時期、『LUCKY』という映画を観ました。主演のハリー・ディーン・スタントンが誰かと言う事もよく知らないまま、ただテキサスの風景とカントリーミュージックの緩やかな雰囲気に浸りたくて劇場に足を運んだところ、思いがけずヘヴィなパンチを喰らって愕然とした事を今でもまざまざと思い出せます。
あの映画は、まさしく死に際に一つの境地に達した男の遺言でした。
ラストシーン、カメラに向かって微笑んでそのまま歩み去るハリー。その後に広がるテキサスの荒野を眺めながら、自分はただ単純に悲しかった。一人の人間が生涯を閉じる、その瞬間に立ち会ってしまった事。全く親しい間柄でも無いのに寂しくてたまらなくて、勝手に悟って勝手にいなくなってしまった事に腹立たしさすら感じてしまう。後に遺される者としての心境を嫌が応にも疑似体験させられて、その虚無感を数日引きずってしまった程でした。

そして今作。
劇場で予告が流れた瞬間、「遂に来てしまった」と思いました。
クリント・イーストウッド、御年88歳。
年齢的にも時期的にも、そして伺い知れる映画の内容的にも、間違いなくこれはイーストウッド版の『LUCKY』に他ならない。絶対に観なきゃいけないけれど、絶対に観たくない。
イーストウッドに自分の年齢を鑑みるなんて事して欲しくないし、彼の遺言なんて聞きたくもない。
自分にとって、これ程劇場に行くのが苦痛だった事はかつてありませんでした。
そして観終わった今、安堵に脱力しきっています。


良かった。

「人は永遠には走れない」。
その通りだけど、この映画にこのキャッチコピーは不十分だ。正確には更にこう続く。


「でも、俺は走るけどな」。



驚いたのは、予告編で感じた悲壮感とは完全に真逆の、どこまでものんきでお気楽な雰囲気でした。
イーストウッド演じる主人公のアールは、他人から賞賛される事が何よりも好きで、その為に家族を蔑ろにしてきた酷い男。
そのツケが回って仕事と家族、両方を失う窮地に立たされてしまい、止むに止まれず麻薬の運び屋稼業に手を出してしまう。
このままズブズブと取り返しのつかない事態になっていくのが普通ですが、……いや、このアールも確かにその通りの末路を辿るんですが、彼は終始マイペースに、楽しそうに深みに嵌っていくのです。

彼は道中よく歌い、よく食べ、よく遊ぶ。
自業自得が招いたその切迫した状況なんて、まるで気にしていない。そもそも一度で辞められた運び屋稼業を続行させたのも、相変わらず友人たちに感謝されたいからという反省の無さです。それを棚に上げて、若者に説教までしてしまう奔放ぶり。
でも、他の登場人物たちも観客も、そんな彼に嫌悪感を抱くどころか妙な魅力を感じてしまい、何をしてても許せてしまう。
何だか、歳を取った事を自慢されているようです。
先行きを悲観するでもなく、これまでを省みるわけでもない。単純に、「今の俺には怖いもんなんて無いんだぜ」と言うドヤ顏が見えてくる。
散々好き放題して楽しみ抜いた挙句、最後には家族の理解さえ手に入れてしまうアールに、自分はこう思いました。
「なんて欲張りなジジイだ」と。
笑いながら。

こんなに軽やかな生涯現役宣言は他にない。
アールが名声を得る為にせっせと育てていた花、途方も無い手間暇をかけた末に一瞬だけ咲くそれは、イーストウッドにとっての映画と同じ。
外界から隔絶された刑務所の中でも変わらず花を育てるアールの姿は、もしかしたら「死んだって俺は好きに生きるぜ」と言うメッセーなのかもしれないですね😊

いいぞ、行け行け!
突っ走るんだクリント・イーストウッド!!
死なば諸共、たとえ溝の中でも前のめりだぜ!
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