ピカル

運び屋のピカルのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
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【走り続ける話】

『運び屋』観ました。

『ハドソン川の奇跡』以来のクリント・イーストウッド映画。

シアター内に入ってみると、観客のほとんどがおじいさん。この独特な雰囲気は、映画館にしかできない演出だ、と心を踊らせた。みなさま鑑賞マナーが良くて一安心。上映中、携帯をいじるひとは一人もいなかった。いや、おじいさんに携帯の操作は難しすぎるか。
(映画を観たすばらしい人なら、このジョークに笑っていただけますね?笑)

本編は、ただただクリント・イーストウッドだった。スクリーンからクリント・イーストウッドのにおいが発せられているんじゃないかと思うほど。
これをクリント・イーストウッド映画デビューにする人がうらやましくなったりもした。

クリント・イーストウッド演じる主人公アールは90歳の老人。お金に困り、たまたま手に入れた仕事はなんと、ドラッグの“運び屋”。

いやいや、自分勝手なおじいさんにこれほど重大な任務を任せるなんて、ドラッグよりも危険すぎるでしょ!!

ところがどっこい。
90歳ならではの機知とユーモアが麻薬取締局の捜査官を巧みに操作し、器用にかわしていくのだ。
このおもしろさに乗っかり、観客はラストまでクリント・イーストウッドに軽々と運ばれていく。

犯罪映画でありながら、家族の物語でもある。
クライムエンターテインメントとヒューマンドラマ。仕事と家族。決して混和しないであろう二者を、無理やりブレンドしたコーヒーのような。それぞれがそれぞれを際立たせるスパイスになり、このブラックコーヒーの苦味はクセになる。渋い香りまで、たまらない。

「遅咲きなのよ」

かつて、デイリリーの花を栽培していたアールに向けて娘が言った一言が、映画のすべてを表しているようで、思わず息を呑んだ。

顔に刻まれた深い皺。
消えない傷跡。
それが、90歳の老人が生きてきた時間を痛いほど見せつけてくる。

車は止められるのに、時間は止まらない。
お金は手に入るのに、家族は手に入らない。
それでも、すべての罪を認め、まっすぐ道を走り続けることが、回り回って本来の自分に到達する一番の近道であるのかもしれない。

デイリリーが映るラストシーン。デイリリーは一日しか花を咲かせないという。儚さと逞しさが重なり、“アール”という名の花言葉をつけたくなった。

真っ黒のスクリーンに白い文字が流れるシンプルなエンドクレジットが、異常にかっこよかった。
ああ、これがクリント・イーストウッドの映画なんだな、と実感した。