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運び屋のtakのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
4.5
イーストウッドの新作が公開される度に「これが遺作になりませんように」と祈るような気持ちになる。「グラン・トリノ」の時ですらそう思ったのに、90歳の主人公が麻薬の運び屋になるこの物語を監督、主演するこの映画には、ますますその思いが強くなった。

朝鮮戦争で戦った経験のある主人公アールは、かつて園芸農家として成功した時期もあったが、ネット販売など時代の変化から行き詰まり、農園は差し押さえられていた。ボロボのトラックであちこちを旅した彼は交通違反歴がなかったので、荷物を運ぶアルバイトに誘われる。それは犯罪組織が麻薬や銃器をやり取りする"運び屋"の仕事だった。仕事一辺倒だったアールは家族とも疎遠になっており、なんとか関係を修復できないかと考えていた。人のいいアールは犯罪組織の若造からも慕われ、組織からの信頼を得て、大きな仕事に巻き込まれていく。一方、麻薬取引を追うベイツ捜査官は組織の取引実態を調べ、組織から"トト"と呼ばれる運び屋の存在を知る。それはアール のことだった。

家庭を顧みず、外で評価されることが大事だと信じて生きてきた男が、年齢を重ねて家族の大切さに気づいて歩み寄ろうとする姿が心に残る。娘や妻は口もきかないが、孫娘だけは慕ってくれる。映画のクライマックスでは、運び屋としての大仕事と妻の病状悪化が重なり、アールが選択を迫られる。そしてアールは組織からも警察からも追われる存在になってしまう。ハラハラさせるサスペンス要素が二重三重になるだけではない。家族との関係修復というヒューマンドラマがそこに絡んでくるのだ。こんな深みのある映画があるだろうか。病床の妻との会話、娘と交わす不器用な会話。ひと言ひと言が心にしみる。

短いながらも心を通わせる捜査官との会話も素晴らしい。「俺みたいになるんじゃないぞ」という彼へのひと言は、苦い経験を積み重ねた主人公の心からのアドバイス。でもそんなしんみりする場面の直後に、捜査官にバレてしまうのではというスリルある描写を持ってくるうまさ。2000年代以降のイーストウッド映画は重たいテーマに挑んだものも多かったが、アラウンド90歳となった今、人間ドラマとしてもエンターテイメントとしても両立するようなこんな良作を撮れるなんて本当に凄い映画人だと思うのだ。

僕らはまだまだイーストウッドの映画を観たい。少なくともこの映画が遺作にならなくてよかった。「家族を大事にしろ」「もっと楽しんで生きろ」と主人公が口にするメッセージは、あまりにも言い遺す言葉ぽくて。そしてイーストウッドは老いてもなおカッコいい。疎まれながらも家族との向き合う姿は、90歳なりのタフガイだと思うのだ。スゲえよ。
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