まさか

ナディアの誓い - On Her Shouldersのまさかのレビュー・感想・評価

4.5
終始胸を押しつぶされて涙が止まらなかった、ひとつには、大勢の人々がまったく理不尽な理由により虐殺され、10歳の女の子を含む多くの女性が性奴隷にされ、人身売買の対象にされてしまったという事実に。もうひとつは、自身を襲った悲劇と、それによる心的外傷に耐えながらナディア自身が世界に向けて語りかける努力を続ける姿に。

あなたは十分に務めを果たしたのだから、もう無理しなくてもいいんじゃないかと声をかけたくなる。でもナディア・ムラドはこう語るのだ。「(こうして世界中の国々の公式の場で繰り返し発言し、スピーチをすることは)私の年齢の人間にとって、とても大変なことです。でも私の村の人々が経験したことに比べれば何でもない」。

宗教の名の下に虐殺やレイプを繰り返すISISは、宗教を騙る狂人集団である。悪いのは宗教ではない。悪いのは宗教を騙り、それを利用して非道を繰り返す権力欲の怪物のほうである。2014年8月、イラク北部の山間にある小さな村(コチョ村)をISISが襲い、ナディアの人生は一変してしまった。異教徒であるヤジディ教徒の抹殺を目論むISISによって母親と6人の兄妹を殺され、自身も3か月間にわたり性奴隷として扱われたのだ。彼女だけではない。何の罪もない村の大勢の人が問答無用に銃殺され、あるいは性奴隷として売買されたり連れ去られたりした。今も行方の分からない村人が大勢いるのだという。

なんとか逃げ出すことに成功した彼女は、その惨状を世界に向けて語ることで、各国の指導者を動かそうとしている。しかし、メディアや国際会議の場で何度語っても事態はなかなか改善されない。それでも彼女は語り続ける。おそらく、語るたびに彼女は故郷で起きた惨劇を思い出し、その記憶にさいなまれているはずだ。彼女の目から涙が流れ落ちない日はない。そして、今でもISISから脅迫されているという。

それでも彼女は世界に向けて何も対策を講じないことの罪を指摘し、国際社会が事態を改善すべく動くまで、訴え続けている。ヤジディ教徒は世界に50万〜100万人いると言われるが、全世界で6500万人といわれる難民の中では少数派である。だが、ナディアたちが経験したのと同じような悲劇に見舞われている人々は今も絶えない。

ISIS掃討作戦と称して米軍を主体とした国連軍が仕掛けたシリア各地への空爆の巻き添えによる一般市民の大量死。アフリカの部族間抗争による市民の虐殺、ミャンマーのロヒンギャ族の例に見られるような異民族虐殺、古くはヨーロッパ各地のユダヤ人を対象にしたポグロム、ホロコーストなど枚挙にいとまがない。

だからナディアの祈りは、全世界の紛争被害者の祈りでもあるのだ。僕もまた、1日も早く世界からこうした悲劇がなくなることを祈らずにはいられない。世界中の人々にこの映画を観てほしいと思う。
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