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ナディアの誓い - On Her Shouldersのnocturneのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

[脚本:評価不能]
ノンフィクションドキュメンタリーである以上脚本もなにもないので。ストーリーを評価しても良いのですがそれもどうしようもない。
強いて言うなら、この話を映画にすること、声をあげたナディアの勇気に敬意を表して20/20、でしょうか。面白さとかで測れない話ですから。

原題の"On her Shoulders"の方がしっくりくる内容。その身に重すぎるものを背負わされた一人の村娘の話でした。
印象的だったのはナディアの表情。彼女の表情は笑顔の少女の顔と、涙を流しながらしか前に進めない活動家の顔とでしか作られてない…というふうに感じてしまいました。 彼女はなりたくて活動家に、ヤジディや女性のヒーローになったわけじゃない。無責任な期待という重圧…と言ってはいけないし、彼女自身がそう強要されてるわけではないのですが、彼女の立場に肩入れして見ると、期待とはそういうものでもあるんだよなあ…と思ってしまいました。けど、戦う人がいないと変わらない。そのために村娘ではなく活動家に、難民・被害者でなくヒーローにならなきゃいけない。それを演じなければ"the last girl"にはならないから。
許せないです。そうでもしないと変わらないことが。

[映像:13/15]
インタビューや公聴会、ラジオなどあちこちに引っ張りだこのナディアに対する演出には絶句せざるをえませんでした。彼女が受けてきた苦悩の残酷さ、残忍さ、そういうものに思いを馳せつつそれでも聴きたい話を聞き出そうとする人達と、話したいことを話せず話したくないことを話すよう余儀なくされるナディア。性暴力の当事者と非当事者にはかくも残酷なまでの意識の差があることがあまりにも惨たらしい。
性暴力に限ったことではないですが、傷を負った人にかけていい言葉なんてない、かけられる言葉がないという事実を突きつけられ、打ちのめされた思いでした。
まあ、そこに気付くことが"それでも自分に何ができるか?"に思いを馳せるという意味で、スタートラインなのかもしれませんが。

[演技:評価不能]
演技も何もないので。
ノンフィクションドキュメンタリー映画については、後日別の評価基準を設定するかもしれません。

[好み:3/5]
この手のドキュメンタリーを好き嫌いの基準で評価していいのか。勿論尊敬すべき姿なのですが、何度も心折れそうになりながら、それでも立って立ち上がる以外に選べない姿を"好き"って言うことが憚られて仕方ない、です。

[コメント]
"性暴力に耐える"ってなんでしょうか?そもそもそれは耐えられる/耐えられないものなのでしょうか?
そんな事を何度も考えさせられました。耐えるっていうのがよく分からないですし、何を、何に耐えるんだろう、耐えたらなんになるんだろう?とも。戦うしかない、というか、"普通にいる"って選択肢がない事が、あまりにしんどいです。
"On Her Shoulders"を"On Our Shoulders"に変えていかなければ…というコメントもあり、確かにその通りではあるんですが、本当のゴールはジェノサイドと戦時性暴力の撲滅でしょう。最も、戦争をなくさず戦時性暴力をなくす、なんて不可能なのですけど…。

知ってしまった今、自分には何ができるのか。もはやそれは他人事で済ませることは許されないし、考えてるからで済ませることもできない。皆そこで留まってたから、ナディアは"なんで助けてくれないんですか?"と問いを投げ掛けるしかなかったんですからね。
ノブレス・オブリージュとまで言うと大袈裟かもしれませんが、恵まれてる立場の自分たちには、声を上げなければならないこと、あげるべき事があまりに多すぎるし、それは裏を返せばそれほどに多くの犠牲・生け贄の上に自分たちの生活が成り立っているんだという事でもあるんだな、と思うと胸を抉られます。
"the last girl"というのは彼女が受けた被害に遭うような女の子は私が最後であってほしい、という事でもあれば、過酷で終わりがなく、勝利しても報われない闘いに挑むような女の子も私が最後であってほしい、という事でもある。それを再実感させられました。

余談。書籍"The last girl"に書かれた被害の内容が描かれてるわけではない。が、前提知識として知っておくと物語が分かりやすいと思います。
彼女が受けてきた被害についてもですが、やはり"ナディアという少女がどうありたかったか。どうありたいか。"という点についても。その点を見誤らないよう。
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