優しいアロエ

蜜蜂と遠雷の優しいアロエのレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
3.6
[原作未読]

本作は天才を描いた映画だ。どうせなら観客を思い切り突き放すようなものを期待していた。しかし本作は、背景や様子をきちんと伝える丁寧なつくりが前半を占めていた。どうでもよいコメディまで入れて媚を入れる始末だ。そのため、凡人には理解できない人たちのことを凡人の顔色を窺いながら描いたような印象で、作り手の姿勢と映画の内容に齟齬があるように感じてしまった。

では、作り手と内容の呼吸があっていた「天才モノ」としては何があったか。たとえば、『セッション』やグァダニーノ版『サスペリア』が思いつく。前者はテンポが凄まじく、映像も早々と切り替わるのでついていくのに必死だった。後者は理屈云々よりも画力でねじ伏せてきた。

これらはキャラクターにもストーリーにも映画の表現技法にも振り回され、ときに置いていかれるような作品だ。本作にもそれくらいの尖った姿勢を期待してしまった。とても手が届かないくらいの品格、荘厳さ、天上界的素質が映画そのものに備わっていてほしかった。観客への易しさなど必要なかった。

自分はピアノ素人だが、それでも一番感覚的にグッとくるものがあったのは、天才たちがピアノを無言で弾いているシーンだった。だから、セリフなしでピアノを延々と弾くような構成でも面白かったかなと思う。もしくは映像を前半は不自然なほど整え、しだいに乱れた映像が増えていくとか。どこか内容と作り手のシンクロが見られるとよかった。

「月の光」やラストなど、松岡茉優が演奏しているシーンは特に印象に残ったし、色々と思考を巡らせることができた。
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