ただのすず

蜜蜂と遠雷のただのすずのレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
3.8
「世界中にたった一人しかいなくても
野原にピアノが転がっていたら、
いつまでも弾き続けていたいくらい好きだ」

本能だから。
鳥が歌うように。
光が降り注いで、風が吹き、雨が降る、
雷鳴と蜜蜂の羽音。
世界はいつも至上の音楽で満たされている。
 
恩田さんの小説の良さをわからないままに
何冊も読んできた、
この物語を読んで漸く気付くことができた。
誰にでも分かる言葉で
誰も想像したことのない情景を書く。
でも懐かしい、心の奥底にあったものを。
とにかく冒頭から美しくて美しくて、
何度も読んだ。

原作に誠実に向き合っている映画だと思った。
読んだ人間が見たいと思っていたシーンを
映像化してくれているから。
俳優が一分の隙もないほど
登場人物たちであったし。原作も映画も、
音が洪水のようにおしよせて激しく降り注ぐ。
春と修羅の、蕾が次々と咲き誇り匂い立ち、
ゆっくりと微睡みから覚醒するような
音がすばらしい。
雨に濡れて空っぽで寂しそうなピアノが
現れるのも、幻想的。
 
たった一人でも弾く、でも受け取るためには
出会わなくてはいけない。
どこまでも自分自身と音楽と向かいあう。
そこから果てしなく音が世界に広がって
満ちていく。
自分の中にある母親との幸福な音。
それに耳を澄まし探し続け
弾き続けた姿が美しかった。