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ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密のmOjakoのネタバレレビュー・内容・結末

4.7

このレビューはネタバレを含みます


「スターウォーズ 最後のジェダイ」の監督を経て多様な意味で注目を集めるライアン・ジョンソン新作。古くて新しい現代のミステリーを見事に成立させました。面白いです。

 舞台はニューヨークに佇む世界的ミステリー作家ハーラン・スロンビーが住む豪邸。彼の誕生日パーティーの翌日、ハーランは遺体となって発見される。ハーランの家族をはじめ屋敷にいた全ての人間が容疑者として浮上しつつ、遺産を狙う家族の思惑が蠢く中で名探偵ブノワ・ブランが事件解決にむけて動き出します。
 あらすじを聞いてわかるように、今作はアガサ・クリスティーをはじめとする古典的ミステリー小説にオマージュを捧げています。名探偵ブノワにちょっとポワロの面影があったり、遺産をめぐるあたりは横溝正史的な雰囲気もあり、日本人でもかなり親しみやすいかなと。

 しかし本作の凄みは、アガサ・クリスティー的な古典的フォーマットをライアン・ジョンソンの剛腕な映像的手法で全く新しいものにしてしまっている点。
 例えば、冒頭チラリと映るマグカップ。そこには「私の家、私のルール、私のコーヒー」の文字。これ一発で土地や伝統に厳格さを重んじる白人家族であることがわかる上、この皮肉がラストで見事な反転を見せるから巧い。
 さらに、家族の1人1人を取り調べるシーン。右横から撮られる家族の背後には常に円形に配置されたナイフが映る。つまり彼らが全員揃って何某かの罪や後ろめたさを抱えていることを映像的に示すんですが、看護師のマルタの取り調べ時だけカメラを逆位置に置いている。これによって彼女もまた罪を抱えてはいるが、それは他の家族たちとはまた少し違ったものであるということを絵的に表現します。
 それ以外にも時系列をシャッフルしながら混乱させない見せ方とか登場人物が話していることと実際に映っていることが違うなど映画的な語り口が古典的物語を新鮮なものにしているんですね。

 そういったジャンル的な面白さがある上で、現代アメリカの移民問題を取り込んだ秀逸な脚本もまた見事。看護師マルタがキーになりますが、彼女の犯行が中盤で明らかになってしまったりと先の読めない展開が次々と起こるのも大きな魅力になっています。 
 マルタは金持ち家族に雇われ救われていますが、家族たちは誰一人として彼女がどこから来た移民なのかをちゃんと把握していません。そんな欺瞞が遺言の開封とともに次々噴出するんですが、それは今のアメリカ(否、日本も人ごとではありません)が抱える欺瞞でもある。
 「法的手続きを経ていない移民は許されない」「俺たちの土地なんだから俺たちが利益を享受するのは当然だ」「なんでただの看護師のマルタが俺たちの家と財産を全て手にするのか」そういった白人たちの怒りが次々と論破されていきます。「私はハミルトンを初演で見たんだよ」なんてことをリチャードが嬉々として語る場面がありますが、合衆国憲法や連邦制を作ったアメリカ建国の父ハミルトンもまた移民であって。フロンティアを開拓したのも移民なら、橋や道路などインフラを整備したのも移民。アメリカは移民によって作られ、移民によって発展してきた国なのだから、アメリカにある富が白人のものなんて主張はそもそもおかしな話なんですよね。マルタをそういったアメリカの移民の歴史を背負うキャラクターとして描くことが、この映画を単なる古典オマージュでなく現代に語るべき物語たらしめています。

 いわゆるミステリーの面白味は十分ありつつ、映画的な快感の先に現代的な問題提起まで孕んでいるんだから、大満足じゃないでしょうか。
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