静かな鳥

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密の静かな鳥のレビュー・感想・評価

4.2
本作の舞台となる邸宅の客間にて存在感を放つ巨大なオーナメント。窓際の椅子の背後に配置された円形のそれには、夥しい数のナイフが取り付けられ、刃先はいずれも円中央の"空白の一点"に向けられている。その──まさに"ドーナツの穴"の如き──中央の空間に嵌まるものは果たして何か? 収まるべき人は果たして誰なのか?



館で起こる富豪の殺人、各々動機を抱えた怪しい家族、被害者から家族以上に信頼を得ていた看護師の若い女、そこに現るひとりの探偵。舞台立てやキャラクターの概要はクリスティに代表される正統派古典ミステリーを逐一踏襲しながらもそれだけでは終わらない、これぞ「今の」アメリカ映画。ライアン・ジョンソンの過去作『LOOPER』『最後のジェダイ』は微妙にハマらなかった人間だが、これは面白い。こういうミステリー作品こそ観たかった。彼の手癖である「既存ジャンルの換骨奪胎」(それは時に保守的な層を激烈に怒らせる要因でもあるのは、スターウォーズの件から言うまでもなく)が、ツボをついた王道ミステリーの筋と巧みにブレンドされていてアガる。定型をしっかり踏まえた上での型破りだからか、決して飲み込み辛くもない。とにかく終始愉しかったので大満足。てか、単独でこんなにクレバーなオリジナル脚本書けちゃうライアン・ジョンソン凄くないですか。やはり彼は己の"ルール"のままに作らせた方が光る作り手なのかも。あと、本当に130分も尺ありました?(2時間超えとは思えん…)

フーダニットで幕が上がったと思いきや、スピーディーな情報開示によって比較的早い段階からミステリーとしての視座をズラし、核心に一度迫るも牽引力を緩めず話を進めた先で、再びフーダニットに帰ってくるという構成が手堅く練られていて只々お見事。元々推理モノって、画や動きで語る映画のフォーマットとは相性が良くないと思っているのでこの"捻り"にはサムズアップでしょう。ただ、観客の理解と歩幅を合わせるために「実は全て分かってました」という奥の手を使っちゃう探偵には些かチートさも否めない。いや、役者の魅力でそれなりにカバーは出来ているが。後半クライマックスの追い込み方では、『古畑』を彷彿とさせる部分も随所に見受けられ興味深い。
「収まるべき所に収まった」とでも言うべき事件の硬派な着地点だったり、本格ミステリーのプロットとしてはベタで単純明快な方向に振り切れているが、その分撮影・編集・美術・衣装・役者…といった一つ一つの細部に至るまでの充実っぷりが堪らない。ダニエル・クレイグのファーストショットが、画面奥に"既にいる!"という不意打ちの絵面なのが「名探偵登場」として最高に粋だし、軽妙なテンポの会話(「Son?」「Father…」とか、どうでもいいやり取りが印象に残る)、館の内装、ゴージャスで趣のある調度品の数々にも魅了される。また、「いつどのタイミングでゲロを直接的に映すか」の判断の的確さよ。

役者本人のイメージを最大限有効活用したキャスティングは、まさしく適材適所といった感じ。クールでありつつ『ローガン・ラッキー』路線の身軽なチャーミングさをも兼ね備えたクレイグ、メタ的に本人と重ねられたキャップことクリス・エヴァンスが愉快なのは勿論のこと、他にも鬼形相でお馴染みマイケル・シャノンやホラー映画組のトニ・コレット、ジェイミー・リー・カーティス等々如何にも一癖も二癖もありそうな役の抜群に似合う芸達者が勢揃いしている。思えば、御年90歳のクリストファー・プラマーは『ゲティ家の身代金』に引き続き富豪役だ(流石にあれほど守銭奴ではないし、看護師とのやり取りは微笑ましい)。役者がひたすらに濃い為「キャラが多すぎて、誰が誰だが脳内処理が追いつかない」という"ミステリーあるある"も案外気にならず。
そして、何よりそんなキャスト陣にもまれながらも紛うことなきアナ・デ・アルマス映画に仕上がっている、というのが嬉しい。いちアルマスファンとして歓喜だし、彼女がこういったタイプの役を演じるのもなかなかに珍しい気が。アルマスの新たな魅力が抽出されているのと同時に、劇中で彼女が担う"光"としての役割にこそ極めて大きな意味がある。

中盤のとある決定的な瞬間。この時を境にして、本作の内部を絶えず蠢いていた現代性が一気に表へと転げ出す。それまで均衡が保たれていたはずの関係性は瞬く間に裏返り、前述したナイフのオーナメントの如く「中央の一点=たった一人の人物」に対して周囲の人間全ての矛先が突き付けられることとなる。このくだりの特筆すべき恐ろしさ。とはいえ、(終盤のシーンで物理的に明らかになるが)そうやって人ひとりを針のむしろへと追い込み醜く集中砲火を仕掛ける輩の鋭く尖った刃先など、所詮矛盾と自己保身に塗れた"紛い物"に過ぎないのだ。実際彼奴らには、本物と偽物の見分けさえままならない。

このゲームに勝利する者は誰なのかをジャッジする上で一つの肝となるのは、とある人物が瞬間的に下したあの利他的行動であり、それは『LOOPER』のラストシーンにも通ずるものがある。それまで度々描かれてきた、確固たる立場に守られた人々に依る上辺だけの"善性"とは明確に一線を画す行動。ライアン・ジョンソンの根底に流れるテーマは一貫しており、己の信念を貫いた者が勝つのだ。そして辿り着くシンプルなラストの構図。上と下。内と外。"ホーム"を巡る論議の行き着く果て。映画始まってすぐに映される"とある小物"を最後に手中に収めたのは? 此処に、本作の娯楽性と社会性が鮮やかに帰結される。痛快。
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