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私、オルガ・ヘプナロヴァーのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

4.3
【抑圧を抑圧のまま殴る、そして開き直る】
ジョン・ウォーターズの年間ベストは毎回ユニークで唯一無二のこだわりを感じるので信頼している。そんなジョン・ウォーターズが2017年のベストに選んだ謎のチェコ映画『I, Olga Hepnarová』を見つけたのでようやく観ました。ロベール・ブレッソン『少女ムシェット』を彷彿とさせる徹底した抑圧描写と様式美にノックアウトされましたので感想を書いていきます。

1973年、オルガ・ヘプナロヴァ(22)はプラハで路面電車を待つ人々にトラックを衝突させ、12人が負傷、8人が死亡する大惨事となった。彼女には死刑宣告がくだり、チェコ史最後の死刑囚となった。そんな彼女が何故、トラックで大量殺戮を行ったのか?それをこの映画は描いていく。

10代の頃から精神病院に入退院を繰り返しているオルガは、病院にも家にも居場所がない。病院では、他の患者にリンチされてしまう。そんな彼女は自立の為、抑圧から逃れる為に仕事につく。だが、すぐにパニックになってしまう彼女にとって仕事をする、人間関係を構築することは至難の技である。

例えば、給料を受け取る場面。オルガは列に並び、いよいよ次は彼女が受け取る場面になると、女性に割り込みされてしまう。すると、彼女は動揺と怒りがぐちゃぐちゃに混ざり合って呆然と立ち尽くしてしまうのだ。冷たくドライな彼女は、突然感情を爆発させたり、フリーズしたりとにかく情緒が不安定だ。

そんな彼女の果てしなく続く、逃れることのできない抑圧を、ドス黒く冷たい白黒の映像が捉え続ける。そして、日本映画にありがちな「叫び」で痛みを表現する安易さに転がることなく、厳格な構図がもたらす息苦しさに薄ら見える彼女の感情を浸すことでオルガ・ヘプナロヴァが殺戮に至る経緯に説得力が宿っていく。

そして、大量殺戮の場面では、人々がフロントガラス越しにドンドン巻きこまれて死んでいく。彼女が車から降りると、死角で見えなかった惨劇の全貌が視覚的に表現されている。車の内側/外側を巧みに使った、人間の命が軽くなってしまったオルガの内面と客観的な事態の凄惨さの対比が凄まじい。

さて重要なのはクライマックスにかけてだ。人の命が軽くなってしまった彼女はもう開き直っている。唯一心を許した女性に対してすら幻滅した彼女は、彼女だけの真理を貫くことだけで精一杯であり、もはや殺しに罪も感じなくなっている。感情が消えてしまった彼女が最期に足掻く。その血が滲むような叫び、そこに収斂させる為に厳格な白黒の様式美があったと考えると感動を抱きます。Petr Kazda,Tomás Weinreb監督は今後注目していきたいと感じました。

★ジョン・ウォーターズベストテン2017 
1.ベイビー・ドライバー(エドガー・ライト)
2.I, Olga Hepnarová(Petr Kazda, Tomás Weinreb)
3.The Strange Ones(クリストファー・ラドクリフ、ローレン・ウルクスタイン)
4.ノクトラマ/夜行少年たち(ベルトラン・ボネロ)
5.ワンダーストラック(トッド・ヘインズ)
6.エリザのために(クリスティアン・ムンジウ)
7.ウィザード・オブ・ライズ(バリー・レヴィンソン)
8.レディ・マクベス(ウィリアム・オールドロイド)
9.女と男の観覧車(ウディ・アレン)
10.トム・オブ・フィンランド(ドメ・カルコスキ)
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