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テッド・バンディのGreenTのレビュー・感想・評価

テッド・バンディ(2019年製作の映画)
2.5
ハンサムなシリアルキラーと異名をとるテッド・バンディを、ザック・エフロンが演じる!というのに興味を持って観ました。

内容に入る前に、メタリカのジェイムズ・ヘットフィールドがちゃんとセリフもある警察官の役で出ていることを特筆しておきます。ファンの方は必見!

この映画を観ると、テッドは本当にこの犯罪を犯したのか、不安になってきます。シアトルで女性が殺され、容疑者のスケッチと乗っていた車の特徴が新聞に載る。しかしスケッチなんてそんなに似ているものではないし、車だって同じような車に乗っている人なんてごまんといる。

そんな中で、テッドは捕まり、ユタで起こった誘拐殺人や、コロラドでの殺人とも結び付けられてしまう。

現在では、テッド・バンディは有名なシリアルキラーなので、「うわー、こんな広範囲に渡って」って自動的に思うけど、映画はどちらかというとテッド側の視点で描かれているので、ユタで職務質問されたところから雪だるま式にいろんな容疑が出てきて、「本当なの?」と思わされる。

映画の中でテッドが「こいつに罪を着せようって1人選んでから、未解決の事件をこじつける」って言ってるんだけど、そういう感じがすごいした。こんなこと自分に起こったらどうしよう、って思った。

だって、血液型とか、確定的な証拠は案外出てこなくて、ぼんやりした目撃証言とか、状況証拠ばっかりって印象なんだもん。

だからテッドが脱獄するのも、「やってもいない罪のために死刑にされるかもしれない!」と思ったら、逃げよう!と思うだろうなあって思った。

弁護士に、「罪を認めれば懲役75年で、死刑にはならないから、罪を認めろ」って言われるんだけど、「絶対に認めない、戦う」って言い張るんだよね。それも、あんまり言い張るから「やっぱりやってないのでは?」と思わされる。

それと一番大きな理由は、テッドは当時リズという彼女がいた。リズはシングルマザーで、テッドと付き合い始めた頃、娘は赤ちゃんだったのに、事件が起こり始めた頃には10歳くらい?かなりデカくて、1人の女性と普通に交際しているのに、こんなことするの?って思った。やっぱシリアルキラーってどうしても、独身男性ってイメージがある。

でもテッド・バンディは、女性キラーで有名なので、こんな風に感じる私も騙されているのかな?!って思いながら観てた。

で、この事件は世紀の大事件みたいで、初めて裁判がTVで放送されたらしいのだが、ジョン・マルコビッチが演じる裁判長が、テッドのことを「パートナー」って呼び、ジョークの応酬なんかして笑わせたりするんだけど、これはこの裁判長がTVで放送されているから調子に乗ってるからなのか、テッドが魅力的だからなのか?

で、テッドはハンサムなので、たくさんの女性が傍聴に来る。「ファンです〜」なんてTVのインタビューに答える人まで出てくる!!

ここからネタバレしますのでご覧になろうと思っている方は注意!




テッド、もしくはリズの視点での解釈が新しくて面白いけど、それ以外は地味な再現フィルム的な映画かなと思っていたら、ネタがあったんですね〜。

リズは、もちろん、長年付き合っていたボーイフレンドがこんなことになっちゃって、かなりメンタルやられるのは理解できるじゃないですか。で、アル中になっちゃうのですが、実はテッドを売ったのはリズだった!ってオチなんですね。

新聞に載った似顔絵が似てる!って思ったのと、車が同じだったことから、警察に通報したのはリズだった。しかし、車は型が同じでも色が違うので、「多分別人だろう」って言われる。

でも、ユタで職質にあった時、リズの通報がなければリストに上がってこなかったので、容疑者として捕まえられることはなかった。

リズがアル中になる程悩んだのは、自分は無実の人間、しかも彼氏を売ったのでは?という罪悪感からだった。

テッドが死刑になる1日前?にリズはテッドに会いに行き、自分が警察に通報したことを打ち明ける。そして、「あなたも本当のことを教えて。この犯罪を犯したの?」と訊く。

首のない死体の写真を見せて、「この頭はどうなったの?」と訊くと、テッドはガラスに「ノコギリ」と書き、それでリズはテッドがこの犯罪を犯したことを確認する、という終わり方になっている。

でもね〜!!!!

何十年も刑務所に入れられて、事情聴取されたり、インタビューされたりしている内に、自分がやってるって信じ込んだりするんじゃないかなあ〜って、最後まで私は疑ったままだった。

現実のテッド・バンディも、死刑になる数時間前かなんかに30件の殺人を告白したらしい。それまでは、映画と一緒で一貫して「やってない」と言ってたらしい。

うーん、もうあと数時間で殺されると思ったから本当の罪を告白したのか、誰も自分を信じてくれないから、人々が聞きたがる話をしようって思ったのか?私は、人間って後者のようなことをするものだと思っているので、この映画を観て、「コレは冤罪だったのでは?」と思ってしまった。