ヨーク

ザ・ピーナッツバター・ファルコンのヨークのレビュー・感想・評価

4.5
俺は社会の中で上手くやっていけない人間が好きだ。多分ここでの映画の感想文でも何度かそういうことを書いたと思う。最近なら『シュヴァルの理想宮』のシュヴァルさんとか感想文は書いてないけど『しあわせの絵の具』のモードとエヴェレットの夫婦とか。ギリアムの最新作も、というかギリアム作品は毎回そういう人が出てくるな。古い作品なら例えば『タクシードライバー』のトラヴィスとかさ。そういう人間が社会に歯向かったりまたは逃げたり、何とか妥協点を探したりする過程が好きなんだと思う。それでいくと本作『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』は最高。素晴らしい。面白い。美しい。感動的、といくら賛辞を述べても足りないくらい好きな映画だ。
実は俺は予告編さえ事前に観ていなくて本作はどういう話なのか全く知らずに、ただタイトルの響きの良さと筏に3人の人間が寄り添ってるポスターに惹かれて観たんだけど結果的に俺のアンテナは感度最高だった。ちっぽけで寄る辺のない筏の上にいる人たちの映画ですよ。そういう映画いいじゃん。
物語はダウン症なのに老人の介護施設に突っ込まれてその施設の不自由から抜け出そうとするザックの姿から始まる。もうこの出だしから面白いんだけどザックは何度か脱走未遂を起こしていて施設からは要注意人物とみなされているんですね。でもザックは外の世界に出たい。なぜならテープが擦り切れるほど見たプロレスビデオに出ている自分のヒーローがプロレス道場を開いて門下生を募っているから。絶対に脱走してそのヒーローに弟子入りしたいわけだ。で、面白いのは施設で共に暮らしている老人たちが彼の脱走計画にノリノリなんですね。この出だしが非常に面白かった。そしてザックがブリーフ一丁になりながらも何とか脱走したのと同じ頃、多分漁協的な組合に黙ってカニの密漁をしていた漁師のタイラーが密漁がバレて制裁を受けたことに逆ギレして魚市場に火を放つ。まぁ多分色々なものが積もり積もったうえでの放火なのだろうがこれはどう考えてもタイラーが悪い。てか有無を言わさず犯罪だろ。なので地元の血気盛んな漁師が私刑で制裁してやるという勢いで追いかけてくるのだが、タイラーが逃亡するために使用したボートでは脱走して疲れたザックが眠っていた。かくしてプロレスラーになりたいダウン症の青年と追ってから逃げる脛に傷ある不良漁師の旅が始まるのである。
さらに補足すると逃げる二人に対してザックを追う施設の職員とタイラーを追う強面漁師の二人も加わってアメリカ南部ジョージア州の湿地帯の旅が描かれるのだ。もうその旅の風景が素晴らしいね。社会からはみ出した凸凹な二人が出会う人たちも、客なんて来やしないからずっと飲んでる雑貨屋のジジイとか盲目でやたら銃をぶっ放すけど信心深い黒人の老人とか、一癖も二癖もある人物ばかり。社会からはみ出すとはいっても当然人は完全に社会から隔絶されて生きていくのは困難なので本作で描かれるのは社会とその外部の境界をギリギリのけんけんぱで綱渡りしているような人たちなんだけど、その描写の手触りがいいんですよ。そういうある種の危うい人たちを決して特殊な人物として描いていない。そこが最高にいいんだよ。
本作はアメリカの栄光や成功や積み上げられた富の裏側で遺棄された人々の物語なのだと思う。そういう人間が何とか重い脚を引きずりながら歩いている映画だ。幻想となったアメリカンドリームをゴミ箱に投げ捨てながら、しかしそれでも前に進めば何かが少しは良くなるだろうと思いながら歩いている人間の映画だと思う。最初にこの映画の出だしが面白いと書いたが、介護施設の老人たちがプロレスラーを夢見るザック青年の脱走に協力的なのは、老人たちはかつてアメリカンドリームというものが本当にあったことを知っているから、ザックの夢をその残滓に賭けたかったからなのではないだろうかと思う。すげぇ臭い言い方をしたら若者が夢や希望を追いかけることをどこまでも肯定する映画なのだ。ただ、その先に夢や希望が待っているとは限らないのだが。
そしてその若者の傍らには完全に人生詰んだような中年カニ漁師がいるのだ。このコントラストよ。夢を追いかけた若者もいずれこんなどん詰まりのカニ漁師になるかもしれない。でもそれにビビってどうすんだよって。一生介護施設の中で憧れの人のビデオを見てるだけなんて嫌じゃん、ていう映画だよ。
もう最高だとしか言えない。素晴らしい映画には素晴らしいとしか言いようがない。いわゆる人生の成功モデルからは放り出されたような3人がぷかぷか浮かぶ筏の上で寄り添っている姿が何よりも象徴的で美しいと思う。
掛け値なしにいい映画だった。観劇後に劇場を出たら大声でその名を叫びたくなる。ピーナッツバター・ファルコン!!
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