平野レミゼラブル

ザ・ライダーの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ザ・ライダー(2017年製作の映画)
3.8
【しがみつくということ。】
MCUフェーズ4の作品『エターナルズ』にクロエ・ジャオ監督が抜擢された時に、本作のことはちょっと調べていたんですが、割と地味そうな映画だったんでとりあえずキープだけして後回しにしていたんですね。
そしてMCUフェーズ4開始もコロナの影響で先延ばし先延ばしになり、自分としても本作の観賞を先延ばしにしていたんですが、MCUより先に彼女の最新作『ノマドランド』がアカデミー最有力で話題となったため、その予習として遂に観賞。

ロデオで転落して大怪我を負ったカウボーイの葛藤を描き、そこから新たに生きる道を探る――というあらすじから、結構エモーショナルに展開するかと思ったのですが、これがビックリするくらいに淡々と進んでいきます。
起承転結はなく、言葉や音楽も少なめ、大事件が起きることもないため起伏やフックにも欠ける。
割と退屈となる条件が揃ってはいるのですが、それでもサウスダコタの牧場の広々とした舞台でマジックアワーが彩る美麗な空が広がる景色に圧倒され、不思議と映画に没頭できます。

冒頭から主人公ブレイディの痛々しい頭部の傷を見せられ、以降も度々後遺症に苦しめられる姿が描写されます。特に深刻なのが右手で、突発的に固まり一時的に握った指を動かすことも出来なくなる症状が出てきてしまう。
無論、以前のように馬を乗り回すなんて出来る筈もなく、ましてロデオなんてしようものなら命を落とすことになると医者に宣告されます。

しかし、産まれてからずっと馬と関わり、ロデオに人生を賭けていた彼がそう簡単に諦められる筈がない。握りしめた指というのは、彼が未だにその夢にしがみついているという表れでもあります。
そもそも家業で扱っているのが馬であり、貧しい家や精神に障害を抱えているであろう妹を養うためにも、調教師として馬にしがみつくしかないというのが中々難儀です。

周囲のライダー仲間も復帰を諦めていないブレイディの気持ちを察して応援するため、やはり夢を追いかけるしかない。
ブレイディの兄貴分にレインという元ライダーがいるのですが、彼もロデオ事故の後遺症で会話も歩くことも一切出来ない状態なんですね。感情の表現も指のわずかな動きで伝えないといけないレベルの厳しい状況。それでもレインは、ブレイディと一緒にロデオの動画を観て目を輝かせるのです。
彼らを苦しめる状況にしたのもロデオではありますが、彼らの生きる意味もまたロデオでもある。暴れ狂う馬に魅せられた若者たちは、今もなお生きるために必死にしがみついているのです。

劇中で脱走して怪我をした馬を「安楽死」させる描写があるのですが、それが何よりも残酷。
馬に課せられた役割である「走る」ことが出来なくなれば、すみやかに処分されるわけですが、それではロデオライダーとして課せられた「馬にしがみつく」ことが出来なくなったブレイディは?という自問自答に繋がってしまうのです。
そして、導き出される答えと言うのが「それでも生きる」こと。根気よく丹念に育て上げた馬のあんまりな末路に加えて、自分自身はそれに反して生きなくてはならないという道を示されたブレイディの苦しげな表情が胸に来ます。

生きることは何も辛いことだけではありません。ライダー仲間達、そしてレインは事故後も変わらずブレイディと親しくしており、気安い関係を築いています。
危険なことをして痛い想いをする兄を心から心配する妹リリーとの仲も微笑ましく、お互いに心中を正直に吐露し合える仲というのが、家族という括りをも超えた絆を感じてグッとくる。
こうした生きることにしがみつくことの辛さと、周囲から幸せに生きていて欲しいと願われる狭間で揺れ動くブレイディが象徴的で、それはラストでロデオに参加するか否かという選択にも繋がっていきます。


エンドロールを見て何よりビックリすることは、ブレイディをはじめ、本作で登場する人物全員がご本人様であるということなんですね。
ブレイディもリリーもレインも全員自分を演じている。もちろん、自身が負った傷も、歩んできた道程も全て事実。何なら、ブレイディとレインが観ていたロデオ動画も実際にYoutubeにアップされているものです。
イーストウッドの爺さんの『15時17分、パリ行き』も同様の手法で撮られた映画ですが、本作はよりドキュメンタリックというか、本人達の抱える想いをそのまま画面に映した印象が強くて不思議な心地があります。というより、本作のこの構造はエンドロール入るまで知らなかったのですが、それはそれだけ自然に撮影をやってのけたということで、その時点でとんでもない映画と言えるでしょう。

しかし、本作の評価が非常に高いのもわかるけれど、これを観てジャオ監督を『エターナルズ』に推してきたMCUの意図ってのは中々測りかねるものがありますね……何というか完全に作風が真逆じゃないですか!
ジャオ監督とMCU、この2つがどういう化学反応を見せるのか、未知なる期待が高まってきます。

オススメ!