垂直落下式サミング

映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

4.3
しんちゃんの声優交代後、初の劇場版。小林由美子しんちゃんは、最初「こんなに寄せるんだ」って驚いた。慣れ親しんだのぶ代からわさびへの大変革を経験した世代なので、しんちゃんもガッツリ変わるもんだと思ってたが、案外こんなもんなのか。モノマネになってしまいそうな危なっかしさはあったけど、これから気にならなくなっていくんだと思う。
アクションシーンについてはやや省エネに感じるところが多いが、ひろしのダンスや崖を駆け降りる一所懸命走りなど力の入れどころはおさえていて、シンプルな線のアニメが途端にぬるぬる動くと感情が高まる。カラフルなマッドマックスの見せ場から魔宮の伝説にキングコングに小島よしおと、お馴染みのパロディは古典から流行りまでよく取り入れられていて嬉しい。
ハルノヒも名曲でした。素直になれない野暮天男の歌。とりわけ響いたのは二番の歌詞「優しさに甘えすぎて怯えすぎた男の背中に、掌を添えてくれるのはもう前を歩く君じゃなきゃだめだから」あいみょんは天才ですね。僕にもこういう未来が待っていてほしい。
『新婚旅行ハリケーン』ということで、今回のメインキャラクターは野原一家。旅行先のオーストラリアで、とあるお宝をめぐる争いに巻き込まれて、ひろし・みさえの夫婦愛が試されることとなる。
今回は、みさえがめっちゃオンナなのがいい。過去回想やラストなど、ひろしの前でみせる生々しいほどのメス顔が本作の萌えポイント。焼きもちを焼いたり、嫉妬したり、子供に気付かれないようにめっちゃキレたり、ラブコメのヒロイン然とした可愛らしさである。
野原ひろしの妻で、しんのすけとひまわりの母であること。それがアイデンティティーの主婦みさえ。巨大な穴に落とされる物語のどん底で、ひとりの女として素をさらけ出す。ここで身近な大人の気高さを感じ取ったしんのすけが目を輝かせるのも素敵だ。
彼女とは対照的に描かれるトレジャーハンターのインディ・ジュンコは、へそ出しルックにホットパンツのフーターズ風ボンキュッボン。快活な言動が特徴の野心家であるが間抜けなコメディレリーフで、歴代のおねいさんとくらべると、性的な匂いが驚くほど希薄。たぶんこれからも変わらず、ひとり世界のどこかでお宝を探すんだろうな。そんな感じがする。
ひろし奪還とお宝ゲット。目的は違えど、考え方の違うもの同士が、互いを理解し得ないまでも尊重しあう姿がグッとくる。
男同士では、こういう堅い人とちゃらんぽらんが出てきて対比される話はあるけれど、これが女性主人公になると最終的に家庭に入って子供を産まなきゃ…みたいなのが出てきて、どちらかがより社会的に模範とされるほうの生き方にほだされていってしまって、正直シラケてしまうことが多い。
その点、この映画のジュンコは、一家の母親であるみさえの命がけの奮闘を目の当たりにすることで、冷めた家族観を改めて協力してくれるようになるが、それは自分のこれまでの生き方を変えるほどの決断ではない。あくまでも、お宝探しの道すがら、出会った珍奇な家族の危機に一時力を貸したに過ぎない。下手に「子供持つのも悪くないかもね」みたいなことを言い出したり、実は意中の男がいるみたいな、安易なキャラクターにはしなかった。とても上品だと思う。
ひろしとみさえの一途で教育的な夫婦愛の物語を描いていながら、惚れた腫れたに興味がなくて、男や家族に依存せず自分のやりたいように世界を冒険してきた女性の生き方を、まっそれもアリなんじゃないのと、さらりと軽く許容してしまえる寛容さが、クレヨンしんちゃんのよさだ。