平野レミゼラブル

彼らは生きていた/ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールドの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

4.0
【白黒ビデオ画面からカラー大画面に、歴史から現実に。】
映像とは不思議なもので色彩がつかなければ彼らが確かに存在した普通の若者だと思うことはなかっただろう。WWIの戦争映像のほとんどに着色、読唇術を使って兵士の声まで再現。さらにSEや戦争後の軍人のインタビュー音声なども追加することで生まれる戦場の圧倒的「リアル」に引き込まれる。そして、凄まじい臨場感があるからこそダイレクトに伝わる戦争の悲惨さ。凄い体験だ。

冒頭では画面のサイズも小さいし、色も白黒。そこで描かれるのは開戦前に兵隊として志願する英国人の若者達の姿。プロパガンダに踊らされて「戦争に参加しない男は腰抜け」と信じ、まるで遠足にでも行くかのようなノンキさが不安になる。軍もとりあえず人数を集めたいからか兵役基準に満たない15~18の少年すら入隊を認めたという暗黙の了解が酷すぎる。こうした内部事情や世相に酷さは感じても、この時点ではどこか他人事のように感じてしまう。
そしていざ、戦場へ…となってから画面が広がり色彩も乗る。ここからノンキな若者たちの日常は地獄へと様変わりし、観ている我々にも鮮明にその光景を見せつけられることになる。

色がつくことでわかる戦場の地獄っぷりが壮絶。それこそ遺体やら、凍傷でぐちょぐちょになった足やら視覚的にエグイものも、もちろん映るんだけど、それ以上に戦地の劣悪すぎる環境がハッキリ目に焼き付くのが辛い。塹壕という人が寝起きする場ではない泥塗れで狭苦しい住処。髪に湧く虱に遺体に群がる鼠。丸太で作った簡易トイレに並ぶ兵士のカラー版ケツ(この辺はちょっとユーモア)。

一方で炸裂する徹甲弾などの映像はかなり迫力があり、不謹慎ながらも戦場の臨場感を体感するエンタメのテイストもあった。しかし、同時にさっきまで語り合っていた隣の友人が物言わぬ肉塊となる無情さ、半分になった遺体が父親に似ていた、目玉が飛び出て死体のようだったが血管が波打っていてかろうじて生きていることがわかったのでとどめを刺してやったなどの生々しい体験談がこれが決して娯楽などではない現実だと示してくる。
戦闘中以外の若者たちは皆笑顔で、紅茶を飲んだり、運動会を開いたりでリラックスしている映像も目立つのも生々しい。なんか棒状のもので頭を後ろから叩いておどけたり、戦車の登場にはしゃぎまわる若者たちの姿は紛れもなくそこに生きている姿だ。しかし、そんな彼らも多くがこの戦場に肉塊として横たわったのかと考えるとやるせなくなる。これもまた『この世界の片隅に』確かに生きていた人達の映画なのだ。

 戦争も終わった時に、英国兵にも独国捕虜にも同時に芽生えたものが「戦争なんて何の意味もない。馬鹿げたもんだ」なのも本当に虚しい。そんな当たり前のシンパシーが生まれたからこそ、捕虜とも仲睦まじく語り合う映像が挿し込まれる。
開戦時のエピソードに「ラグビーの親善試合でドイツ人の選手団と一緒に食事をしていたが、その最中に第一次大戦が始まったという報せが来た。となると、我々は今から敵対国同士となるわけだがどうするか?今、手に持っているナイフを同時に胸に突き刺すか?という話になったが、戦争を始めたのは国。個人である我々は今は仲良く食事を続けようという結論に至った」というものがあったが、戦争を始める前にちゃんとこの真理は共有されていたハズなのだ。しかし、戦争と言う地獄、大きな異常事態はそんな当たり前の小さな視点すら踏み躙る。だからこそ小さな視点を集めて、大きな現実に仕立てた本作の意義があるのだろう。
映画の力で馬鹿げた戦争を止める。その意志に感銘を受ける。

出来る限り、大画面で観て欲しい作品ではあるが、アマプラなどでも配信されているため(有料だが)多くの人に観て知ってもらいたい。始めてから気付くのでは遅すぎるのだから。

オススメ!


しかし、本作のタイトル『They shall not grow old(彼らは老いることはない)』を『彼らは生きていた』と端的に意訳した邦題も素晴らしい。原題とは正反対なようで『彼らは(もう死んだため)老いることはない』と同等の意味合い。もしくは『彼らは生きていた』しかし映像の中の『彼らは老いることはない』と繋げることも出来る。うーん、どちらにしろやっぱり素晴らしい。