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ホテル・ムンバイのmaverickのレビュー・感想・評価

ホテル・ムンバイ(2018年製作の映画)
4.3
2008年に起きたムンバイ同時多発テロを基にした物語。標的の一つとなった、タージマハル・ホテルの従業員の男性を中心として描かれている。


これが実際に起きた事件だということが恐ろしい。ムンバイ同時多発テロは複数の場所で起こり、それは本作の冒頭でも触れられている。その上で物語をタージマハル・ホテルに限定し、そこに閉じ込められた人々の置かれた状況を見せることで圧倒的なリアリティを生み出している。この日、ホテルにいた客も様々。そこで働く従業員たちにも日々の暮らしがある。それが突如として無慈悲な暴力によって奪われた。被害者の目線で見ることで、どれだけ悲惨な出来事だったかを知ることが出来る。

犯人に占拠されたホテル内から脱出を試みる人々。地元警察では犯人の武力に対抗できず、特殊部隊が到着するのも時間がかかる。各々の判断でこの危機を乗り切ろうとするわけだが、中には無茶な行動をする人もいる。でもこのような状況でどういう行動をすればいいかなんて普通の人は分からないよね。助かる人とそうでない人はどう分かれるんだろう。その時々の運でしかないのかもしれない。

ホテルマンとして最後まで仕事を全うしようとした人々に頭が下がる。舞台となったタージマハル・ホテルは五つ星ホテルで、VIPクラスの客ばかり。だからというわけではないが、横柄な客が目に付く。主人公のホテルマンは身重の妻を抱えて厳しい暮らしぶり。こうした客と従業員との温度差があるわけだが、事件の中でそこも変化する。基本的に客は無力。だがホテル内部や緊急時の対応に精通している従業員は心強い。自分達よりもお客様優先というプロフェッショナルさにも心打たれる。「俺は客だぞ」という横柄な人はどこにでもいるが、従業員だって同じ人間。人間としての価値は等しく同じだ。サービスを提供する側にも敬意を持つことの大事さを本作は気付かせる。主人公が自分の人となりを客の女性に話すシーンは印象的だ。

実行犯であるテロリストにも焦点を当てており、その点では複雑な思いを抱かせる。彼らはまだ幼く、テロを起こすことが正しいと信じ込まされている。彼らもまた被害者。だからといって到底許されることではないが、こうした人の弱さや正義感につけ込んだ卑劣なやつがいるということこそ問題とすべきこと。ネット社会で簡単に人と同調出来るのも怖いことだと思う。自分達もこうした元凶の片棒を担ぐかもしれないのだ。

映画としては間延びを感じる部分があった。緊迫感は半端ないが、長さを感じるシーンがそれを途切れさせていたかなと。気になったのはそれくらいかな。惨劇を正面から捉えた勇気ある作品だし、熱意も半端ない。人間ドラマとしても非常によく出来た優れた作品だ。出演者の一人であるアーミー・ハマーは、撮影時に常に被害者への心に寄り添うことを忘れなかったそうだ。そういう想いに満ちた作品であるということがはっきりと伝わってくる。


ムンバイ同時多発テロは、死亡者172人ないし174人。負傷者は239人。この事件を風化させないためにも、そこから学ぶためにも、本作のような作品は必要である。
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