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ホテル・ムンバイのおはうちのレビュー・感想・評価

ホテル・ムンバイ(2018年製作の映画)
5.0
不謹慎ながら有名な映画で例えると『ダイ・ハード』にマクレーンが不在のまま、されるがまま蹂躙されていくような物だ。ヒーローなんて居ない。

超絶大傑作。機械化されたテロリストの描写が見事で、生身の人間を無差別に無慈悲に機械的に殺していく描写が適切でクレバーだからこそ、どこまでも今作が真摯であると主張できる。

一番初めのテロであるトイレから虐殺する流れが省略されており、思ったより凄惨な描写が出来ない融通の利かない映画かと思いきや、省略の結果として映される当時のニュース映像にこそ、本物の暴力が現れている。客観的なニュース映像に残酷さが滲み出ていると分からせる。

省略された虐殺から本物のニュース映像。そして、波及するようにレストランで容赦ない虐殺が起きる時、主体を持った人物を配置して描写される。ニュースを傍観する距離から一気に縮めて当事者へと引きずり込まれていく。テロが起きたレストランからが上がっている所も、地獄の舞台になるホテルムンバイとの距離感を提示するショットを差し込むのも上手い。

主体を持った人物がテロに遭ったレストランから駆け抜けていき、テロから逃げ惑う市民と一緒にムンバイホテル出入口まで流れるように吸い込まれていくショットが上手い。そのホテル出入口からは、ドアを開閉するかの判断によって、生死の分かれ目が決定的になっていくサスペンスへ変貌していき、何度もドアの開閉を反復していく作劇が目立ってくる。無闇に開ければ死ぬが、閉じたままでも死ぬという塩梅。

ホテルの出入口に避難してきた人達を快く受け入れるが、そこに紛れ込んでしまうテロリストの顔が涼しく、テロリストが容易く民衆に紛れ込んでしまう恐怖を端的に表現している。しかし、テロから逃げ惑う民衆を受けいれなかったとしたら、外側で被害が拡大するに過ぎないジレンマ。そして、わざわざホテルまで避難してきた人間が、ホテル内部に紛れ込んだテロリストに射殺されるまでの流れを生み出す無慈悲さ。避難できる場所や境界不在の空間にホテルは置かれてしまい、身体を休めるホテル内部でさえ安息の地は無いと言わんばかりだ。

ホテル内部に侵入したテロリストはドアを無理やりこじ開ける為に、嘘を吐いて身分を偽り、ドアを開けてくれた人間を射殺していく。更にはドアの開閉をする為に従業員を脅して電話をして誘い出す。これらを淡々と目的をこなすため、機械的に行われる凄惨さと、人殺しをする使命を負った機械のクレバーさがまざまざと現れる。

テロリストは自動小銃を持ち、人間を屈服させて暴力で従わせる存在だ。しかし彼らもまた、神の声を代弁するインカムによって洗脳されて従っているに過ぎなのも分かる。インカムからの命令を受けて、自動小銃で脅して従業員を電話するよう操作する。この脅迫しているテロリストもまたインカムに操作されているに過ぎない、洗脳の二重構造だ。洗脳している黒幕は全く姿を見せず、最後まで映画の登場人物全員が操作されている気持ち悪さが漂う。

黒幕は信仰心で洗脳するだけでなく、貧困層に報酬を出すからと唆して洗脳もする。特に片足を撃たれて負傷する、貧困層の青年テロリストは不憫でしかなく、信仰心が原動力なのは間違いないが金も欲しいという洗脳するには格好のまとである。青年は自分で殺した女性のブラからパスポートなどを抜き出すよう指示されるが出来ないでいる。人を殺す目的を遂行するのに越えられない一線がある糖鎖したジレンマに苛まれる。

インカムが信仰心を植え付けて洗脳しているからこそ、人質がテロリストの信仰心を逆手に取った行動をする英断さが際立つ。今作の面白い点が、白人のマッチョが英雄的な抵抗をしても無駄であると強調しており、抵抗ではなくて相手と同化強調する事で状況を打破する点だ。この場面で、ジレンマを抱えた青年を同化の対象として、信仰心が隙のある人物として登場させるのが上手い。

全体的に白眉なのが、通用口にある階段である。俯瞰から映される階段のショットが何度も反復されて印象的だ。階段は自分達の逃げ道になる事もあれば、もし階段の外側へ思わず飛び出たら無残に殺されてしまう事もあり、そして更に階段が犯人に見つかれば、これ以上ない虐殺会場に変貌もする。階段は多層的な物として存在する。

その階段をテロリストが俯瞰してしまった瞬間、階段は地獄の釜の底と化す。何度も印象的に撮られたカメラアングルなだけに、一番発見されたくない人物に発見されるアングルでショッキングな光景。だが、その俯瞰された地獄から逃げ切った後、不屈の精神で復興を成し遂げたホテルが実際の映像として最後に映されていく。この時、感動的なのが仰ぎ見るようにホテルの復興を祝福する人達と階段(通用口の階段とは別)が映されるカメラアングルなって、まるで地獄と天国が逆転するように撮られていて上手い。

それと、カメラアングルが巧みだったのがホテルのエントランスだ。テロリストと、それに見つからないよう行動するアーミー・ハマーを一緒の画角に収めるショットが的確でサスペンスが生まれる。

そんなエントランスは様々な人種が行き交う空間であり、テロリストの犯行によって客や従業員の死体が横たわる地獄の空間になると同時に、テロリストが追い詰められて彼等にとって地獄の空間に逆転する。斯様に武力を行使してしまえば、人間の立場は刻々と逆転していく様子が伺える映画である。
神の代弁たるインカムからの最後通告を受けて、見放されてから爆弾が放り込まれる。爆殺する時に、カメラが引いて特殊部隊がスイッチを入れて機械的に死ぬのも上手い所だ。機械仕掛けのインカム洗脳システムを、特殊部隊というシステムが制圧していく。
やっとこさ特殊部隊が投入されてテロリストを追い込んでいくが、淡々と追い込んでいく様子はカタルシスが不在で逆に良かった。市民が逃げ惑う中、特殊部隊が助け船として格好良く映される事なく機械的に乱入していく雑な流れが見事だった。
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