10円様

ホテル・ムンバイの10円様のレビュー・感想・評価

ホテル・ムンバイ(2018年製作の映画)
3.6
この物語の舞台ムンバイは、17世紀東インド会社の影響もあり、貿易と造船業の要の都市でした。その発展の仕方は21世紀に入っても衰える事はなく、IT産業やダイヤモンド加工で世界の経済中核を成す都市にまで発展しました。インドの首都ニューデリーに比べて人口密度は数倍あり、映画でも分かるよう多種多様な外国人、つまりそれだけの数の思想や宗教が犇く都市です。また、ムンバイには世界最大のスラム街と言われるタラヴィ地区というものがあり、多くの市民はそこで暮らしていて、カースト制度の中で生まれた貧富の差が著しく現れたものだと思います。

 ムンバイ同時多発テロ。とりわけタージマハルホテル襲撃についての映画は「ジェノサイドホテル」や「パレスダウン」というものがありますが、これらはB級アクション、サスペンスといった類で、この2作よりは「ホテルルワンダ」や「ユナイテッド93」を思い浮かべた人も多いのではないでしょうか。今作はルワンダのような目を塞ぎたくなる惨殺シーンやユナイテッドのような人間ドラマが息つく暇も無く流れて行きます。
 主人公のアルジュンは当時のホテル従業員の複数人合わせたキャラで善の象徴として描かれていますが、対するムスリムの青年達を決して悪の象徴として描いていないのが本作が稀な映画である事を意味しています。

 躊躇なく人を殺す姿は胸が抉られるような嫌悪感を抱きますが、反面ホテルの料理を食べ、美味いと感動したり、豚を食べたと思い嘔吐したり。いくら死体とはいえ女性の下着の中を触るのを拒否したり、イスラムの祈りを唱える女性は殺せなかったり、最期の時を理解すると親に電話して金は受けとったか?と聞いたり。
 青年達はただただ純粋な信者であり大儀のためが故、また貧しさ故の行動だったのでしょう。では真の悪は電話で遠隔から顔も出さずに指示と状況把握だけしているブルなのか…とも言い切れない、宗教から政治経済に至るまで、我々の知り得ない物が動いてるのでしょう。ただ加害者一味もまた被害者であるような描き方は実際のテロ被害者にはどう映ったのでしょうか。「違いを受け入れて互いを知る」というは、良い言葉のようで易くはないものだと思います。

ちなみにテロの標的の一つであったチャトラパティーシヴァージーターミナス駅は今作の主役のデヴパテルが「スラムドッグミリオネア」のラストシーンでダンスを披露してくれた場所でした。撮影の何日後かにこの駅はテロ破壊されます。
デヴパテルは「これを題材にする映画を作るのなら僕にも関わらせてくれ」と懇願したらしいのですが、それがジェノサイド〜やパレス〜でなくてこの「ホテルムンバイ」であって本当によかった
と思いました。

そしてラストのテロップに感動。ホテルの死者の大半はお客様を守ろうとしたホテル従業員であった…
これに涙が流れました。
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