平野レミゼラブル

影裏の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

影裏(2020年製作の映画)
3.6
うおおおおおおすっごい邦画って感じの邦画だ…!無論悪い意味ではなく。原作は未読なのですが、確かに芥川賞受賞の文学を誠実に実写化したという質感が伝わってきます。特に趣味ではない作品ではあったんだけども、心にはしっかり染み渡っていくそんな重厚さが良いです。

監督が完全に綾野剛と松田龍平の演技力を信じきって自由に演じさせているため、盛岡の大自然をバックにぼーっとした大人の青春が続く。終始ぼーっとした雰囲気ではあるんだけれども、この2人のちょうど良い距離感が妙に心地良い。
なんか綾野剛と松田龍平がポツリポツリと駄弁りながら、酒を飲んで、釣りに行って、映画観に行って、古本屋冷やかして、祭りを見て、缶ビールを飲みだらっと歩く。その関係がスッゲェー羨ましい。それでなくても、本作の綾野剛は転勤してきたばかりで、社交的でもない上に、ある理由からさらに人を避けている節があるから、人ンところにふらっと立ち寄っては気兼ねなく話して、またふらっと立ち去っていく松田龍平との程良い距離感に依存しちゃう理由も自然とわかっちゃうんですよね。お互いに当て書きかよってくらいに役にハマってるし、そりゃ監督も2人に託すわけだわと思います。いやそんな2人だからこそ舞台挨拶では若干雰囲気が事故ってたけど(笑)

予告やあらすじにタイトルから松田龍平の「裏の顔」に焦点が当たっているように思えるが、大人の青春とBLの間ギリギリを責める関係性が壊れて(もしくは壊して)しまうのではないかという綾野剛の焦燥感の方が主軸な気がする。そのため、あまり「裏の顔」がなんなのか期待していると肩透かしを食らうかもしれない。
本作は去年の『凪待ち』同様に震災も絡めた展開となっており(冒頭から救援物資を受け取り、節電状態になっている街の様子が描写される)「喪失と修復」の過程も丁寧に描かれている。平穏な日々の糸が突然ぷっつり切られた中でなお、必死で繋がりを探し求める綾野剛の姿がたまらなく愛おしい。

大友監督はこれまで『龍馬伝』や『るろうに剣心』シリーズといったエンタメ方面の監督のイメージが強かったため、こうした純文学の世界をも高度に表現できることには驚かされた。冒頭で言ったように僕は映画にはエンタメ性を求める性質で、本作は特に趣味だというワケでもなく、むしろ大友監督作品なら夏に公開される『るろ剣最終章』の方が楽しみではあったんだけれども、それでもなにか心地良い静かな映画体験ができた。こういう積極的に自分では観に行かないけど確かに良い映画に気軽に会えるのも試写会の醍醐味ですね。