TOSHI

人間失格 太宰治と3人の女たちのTOSHIのレビュー・感想・評価

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蜷川実花監督作品は、フォトグラファー出身だけに、映像は凝っているが、前衛性や過激さが先走っている感じがあり、良い映画だとは認めたくなかったのだが、本作には異なる予感があった。蜷川監督が太宰治を描くとは意外だが、太宰にまつわる退廃と女性関係に注目した事は、納得できる。

太宰が愛人と川で死んでいたのは、広く知られた事実であり、冒頭、暗い水の中でもがく、互いの手を紐で結んだ男女に、てっきりそのシーンかと思えば、女性が別の男の名前を叫ぶと、男は自分だけ助かり、浜に上がると、「死ぬかと思った」と言う。心中を試みながら、自分だけ助かりシャーシャーとしている男。最低である。いきなり、太宰の人間性が示される(映画である以上、本当に太宰がそういう人間なのかは、重要ではない)。
流行作家として知られるようになりながら、行き詰まっていた太宰(小栗旬)は、静子(沢尻エリカ)と知り合う。戦後のくすんだ色が支配する世の中で、派手な色の服・調達品で身をまとった彼女は、別世界の人間のようだ。静子は太宰に惹かれ、同時に自らの小説で世に出る野心を持っていた。子供が欲しいという静子に太宰は、静子がつけている日記を見せる事を条件に、伊豆の邸宅に向かう。静子の日記は、自らの創作にヒントになると睨んでいたのだ。
ベッドシーンが、エロティックだ。公開挨拶で沢尻が、実はベッドシーンが初めてだった小栗が遠慮がちで、「もっと来いよと思った」と話していて笑ったが、観てみるとかなりキテいる。「人間は、恋愛と革命のために生まれてきた」というフレーズに感化され、日記を基に、没落する華族の女性を描いた「斜陽」の連載を始め、太宰は時代の寵児となる。
美しい映像が鮮烈だが、蜷川監督の過去の作品には無いような品格がある。前衛性や過激さを抑えた事で逆に、今迄以上の凄みが生まれている。「ニナミカ、化けたな」と思った。

太宰は更に、戦争で夫を失くした富栄(二階堂ふみ)と出会う、酒宴から抜け出し、「大丈夫、君は僕が好きだよ」と言われ、キスされる事で、富栄は一気に太宰との恋愛にのめり込んで行く。富栄もまた、子供を産む事を望む。富栄こそ太宰と一緒に死んでいた女性であり、富栄と病状が悪化していく太宰の、自殺の約束が焦点となる。
私は「ヒミズ」で初めて、二階堂ふみを見た時、将来の日本映画を背負う逸材だと思ったが、バストも露わにして、太宰の女を演じる本作は、一つの到達点かも知れない(いや、彼女のポテンシャルは、まだこんな物ではないだろう)。

静子や富栄と比べると、二人の子供の世話に追われる太宰の妻・美知子(宮沢りえ)は、冴えないオバサンに見えてしまう。いや、そう見せているのだろう。しかし次第に、美知子の存在感が増し、観賞後には本作は、宮沢りえの映画である事を思い知らされる。太宰と三人の女の、人物造形とキャスティングはまさに完璧だ。藤原竜也演じる坂口安吾と、高良健吾演じる三島由紀夫も良かった。

私は今作られるべきなのは、太宰の知られざる恋の物語ではなく、今でも太宰の「人間失格」を心の支えに、現代を生きる人の物語だと考えるが、大前提では不満があるとしても、知られざる恋の物語としては、最高の出来ではないか。太宰の時代が、極めて現代的な映像感覚で表現されていた。初めて、蜷川監督の次回作が楽しみになった。
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