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ジョジョ・ラビットのはるのレビュー・感想・評価

ジョジョ・ラビット(2019年製作の映画)
4.1
WW2当時のベルリンには約7,000人のユダヤ人が隠れていて、終戦まで生き延びたのは1,500人だという。
繰り返し作られるナチズムにまつわる映画の中でも今作はかなり異色だろう。戦時の子供を描いた作品という側面もあり、視点もそれに寄り添っている。テーマと描写のギャップに戸惑いもするが、優しい人々の振る舞いやセリフ、衣装や美術など、配役含めてとても良かったのは間違いない。実際、大戦下でもドイツ国内は活気があり、劇中の描写がまったくのファンタジーでもないという。
主演のローマンくんは、まず『フォードvsフェラーリ』(2019年)のオーディションを受けにいったのがきっかけとなり、今作のオーディションのことを知ったという。両作の出来を見れば、まさに適材適所だったね。
そして特筆もののエルサ役トーマシン・マッケンジーは主演級の存在感で、ちょっとキルスティン・ダンストのような顔立ちだなと思っていたが、本人も『メランコリア』での彼女の演技が好きだと語っている。そのセレクト含めて今後が楽しみな存在になった。

さて少しネタバレ。
エルサのセリフで印象的なものの一つに「弱いユダヤ人はいない。私は、天使と格闘し巨人を殺す人々の子孫。私たちは神に選ばれた。あなたは脂っこい髪と半分の口ひげを持つ太った男によって選ばれた。」というものがある。観てる時は「聖書の記述あたりのことかな」と思った天使と巨人のくだりだけど、旧約聖書には堕天使と邪悪な巨人のくだりがあるようだ。
これに関連するのかはともかくとして、エヴァ・モーゼス・コール(Eva Mozes Kor)さんというアウシュビッツで生き延びた女性がいる。彼女は収容所でヨーゼフ・メンゲレという医師による人体実験に晒されることになったという。薬物を注射されて高熱に苦しんだがどうにか生き延びたそうだ。その医師のあだ名が「死の天使」であり、またエルサのラストネームは「Korr」だったりする。
エルサの力強い造形は現代の作品において相応しいと思えるし、その実やはり不安を抱え続けていたことも見えた。そういう彼女に触発されるように少年が成長していく、というのはグッとくる。

またクレンツェンドルフとフィンケルのことも。あの時ロージーが処刑されたことを知って駆け付けてきたりと、ジョジョに対しての愛情を見せる。それはロージーとの友情も感じるし、おそらくベッツラー夫妻との昔からの関係性もあるだろう。だからクレンツェンドルフはエルサの素性を察しても追求しなかった。ただし彼が極めて優れた軍人であったことは勲章が示している。
そしてあの自作の軍服には「ピンク・トライアングル」があしらわれていたんだなあ。それを知らなくても最高だなと思っていたけど。フィンケルなんかはヘルメットにデカデカと貼り付けていた。サム・ロックウェルのシニカルな雰囲気に加えて、今作では立場的に弱い者への優しさが感じられた。だから最後の捨て身の芝居に泣かされることになる。ちなみに今作に続いて『リチャード・ジュエル』を観たので、なかなか良い流れだったなと思った。

スカヨハのロージーも良かった。あの父親を演じるあたりは真骨頂だなと思えるし、あて書きのような印象さえ受けた。ちょっと高いところを歩くあたりもロージーという女性の快活さを表しているようで良いなと思った。しかしそれが暗示していたものは悲劇だったのだ。この辺りの作為はやや過剰だと思えるが、それは今作全体に当てはまるようにも感じる。

ジョジョがラストでエルサをこれからも閉じ込めておこうとしたことは卑怯なのだけど、その理由が彼女への恋慕だというのが切ない。そして思い直すからエルサもその真意を知るし、お互い天涯孤独である。そこであのダンス。"Heroes"の引用も相応しくて、この2人がどうなるのかを想像するのも楽しい。
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