すがり

屍人荘の殺人のすがりのネタバレレビュー・内容・結末

屍人荘の殺人(2019年製作の映画)
1.2

このレビューはネタバレを含みます

原作と派生作品の受け取り方ってのは色々あるんでしょう。
私は映画については分離派で、映画は映画で映画的な解釈や再構築があって良いし、そうしてしかるべきとも思っているつもりです。
まあ、映画についている多くの原作を知らないというにわかな部分から来ているとも言えますが。

しかしね、ミステリーは別です。おおよそ。
ミステリー小説って小説の段階ですごく決まり事が多くて、他のジャンルに比べるとある意味不自由なもので。
ただ「決まり事が多い不自由さというのは裏を返せば型が決まっているので、実のところ誰でも書き得る簡単さがある」と言ってる本なんかもあるくらいですから、その分独自性というか広く面白さを出すというのが難しいジャンルでもあると思います。

不自由の中で自由に、ルールの中でルール無用。
いやー暴力脱獄は名作ですね、カッコーの巣の上でも外せません。ミステリーではありませんがぜひ観ましょう。

さて、そんなところに来ての今作、屍人荘。
私は原作を読みました。楽しみました。
ゾンビは好きです。この映画は楽しみでした。

それが…!どうして…!こんなことに!

映像化の最たるものの一つに私は裏切りのサーカスを挙げるわけですが、あれほどのものを期待するのは難しいにしてもここまでになってしまいますものでしょうかね。

先ほどミステリーには決まり事が多いと書きましたが、それは、それに則って作品として完成したときに、その作品から外せない要素としても昇華されるものでもあります。
動機や手段といったものを除いて私が感じるこの原作から外せない要素は、
明智の扱い
葉村と剣崎の境遇
主にこれら。

ゾンビという比喩なども余裕があれば見たかったところではありますし、他にも好きな要素はあるにしても、これらは外したくない。

葉村の境遇や性格が物語上の肝ですし、明智の扱いにおいては、その葉村を強調する面をもちつつもこの作品を構成する上で常に影響を与えている最重要項目であり、明智の扱いが適切であればこそ、屍人荘は衝撃とともに始まり、味を残しつつも清涼感のある終わりを迎えることができます。

それが…!どうして…!こんなことに!

葉村の性格は大幅に変わり、境遇など何もなく、明智は序盤こそ若干の見せ場を用意されているものの、早々に退場する者への餞別的な一種の道化としてであって、全体で見れば尺を潰しただけでもあったように思います。

また剣崎の境遇についてもしっかりと触れてくれないから剣崎が明智を殺す場面では「なんでやねん」と、剣崎がメンヘラか何かにしか見えてこない。

ミステリーって、犯人やら手段やら、花形はもちろんあるけれど、重要なのはやっぱり絶対的に登場人物なんですよ。
その人間関係がなければ事件なんて起きないし、
その人間関係がなければその手段は取れないし、
その人間関係があるからこそ探偵は確定される事実を見つけ、推理もできる。

原作のその相関。
必要な人物たちが必要なように関係して行って、作品上の見せ場ではその必要とされた関係性によって読者に理解と納得を促す。これが読者自身の推理や謎が解かれた際の快感に繋がるので面白いわけです。

全部すっ飛ばしやがってこの映画は。

それぞれの要素がどれも薄く独立してて全然関係してこないから快感も共感もない。
それでいてその隙間を埋めるものが何かと言えばめちゃくちゃ微妙なお笑いだもの。
いいよ、葉村の神木さんが剣崎の浜辺さん見て一生可愛いって言ってるのは良いよ。
原作でもあったし、実際可愛いし。

でもドラマや映画のTRICKみたいな雰囲気を余計に混ぜてくるのは困る。
監督がTRICK出身(?)とも聞きましたから、仕方ないというか本人も好きでやってるんでしょうけど、やはり作品の向き不向きがあるでしょう。

TRICKはドラマもあり、映画では観に行く人が人間関係や雰囲気などなど事前に理解と期待を持ってやってくるところですが、今作はそういう下地がありませんのですわ。

今作はその下地として原作を読んだ者にとっては神木さんや浜辺さんを見るだけの映画で落胆しかなく、原作を読んでない者にとっては薄い人間関係、ぽっとでのゾンビ、謎のレントゲン写真という三重苦を味わわされる大変な映画。


原作の高木さん好きだったのに、何でもない部外者のおばさんにされちゃってるし、立浪だってクズはクズでもただのクズになっちゃってるしさ。
ゾンビだって重元の見せ場だし、映画から入る人にはゾンビの意義を説明する必要があるでしょう?手帳くらいどさくさで拾ってきても良かったよ。
それにゾンビの登場で「あっこれでクローズドサークルだ!」ってなるのは大体ミステリー好きで、映画にはジャンルとしてのゾンビがある以上ちゃんとステレオタイプのミステリー環境できたってアピールしてくれないと。
してましたっけ…?すみません覚えてないです。


でも何よりも許せないのは剣崎さんの口調が違うという凄まじい違和感…!

女性の探偵役と言えばこれというテンプレ回答を出してきた原作からどうしてその口調まで変わってしまうのか!
大好きなのに!あの口調が!どうしてこんなことに!!

まあ…自分の趣味を除けば一番許せないのは間違いなくラストの明智ですね。
剣崎の葉村への執着を描かないから何の意味も生まないじゃないあれ。
明智がゾンビのくせにどうして背中向けて登場するのかとか、葉っぱひらひらしてるのかとか、そもそもなぜ自衛隊に始末されてないのかとか、違和感しか無いのに原作上殺しておかないといけないからみたいに感じられて嫌悪感。

めちゃめちゃ好意的に捉えるなら、自衛隊と遭遇時点ではまだ人として生きてて、背中向けて葉っぱひらひら登場しようと振り向いた瞬間にゾンビになったとかそんな…………無理ですね。

そんなんだから剣崎が仕留めてから後味悪くなって、軽くエピローグあるかと思ったら何にも無いし、本当にもう、なぜ?

これじゃ原作知らない人に向けた、明智は生きてるかな死んでるかなって気を持たせて神木葉村に感情移入させて置いて、最後の最後に登場させて「お、明智生きてるのか」となったタイミングを見計らって「ゾンビぃ〜」とネタばらししてくる監督の果てしなく性格の悪いおふざけとしか思えないよね。
せめて館陥落の段階で明智出しておいてよ。


原作は次も出てるけど、映画もシリーズ化するのなら雰囲気は変えてほしいね…。
すがり

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