うっちー

マルモイ ことばあつめのうっちーのレビュー・感想・評価

マルモイ ことばあつめ(2018年製作の映画)
4.3
 ずっと観たかった作品。こんなかな、という予想を、いい意味で裏切らず、安定を超えたレベルの感動を残してくれる。

 予想していたのは、本作の監督が脚本を手がけていた『タクシー運転手 約束は海を越えて』のような構成。喜怒哀楽のすべてが詰まったようなストーリーやエピソード。それは大当たりだけれど、時代的にはより厳しい時代を描いているのにどこか穏やか。大掛かりなアクションや闘いなどもなく、比較的地味な舞台設定だ。それはやはり、辞書を編纂する国学者たちの物語だから、大量の紙や書物に埋まり、静かに、しかし熱く国を憂う知識人たちの闘いだからだろう。

 そこに波紋を起こす存在として登場するのが、主演のユ・ヘジン演じるパンス。粗野で口が上手くて、いかにもチンピラといった雰囲気だけど、大悪人ではない。詐欺まがいの軽犯罪をはたらくが、中学生と幼児のふたりの子どもをひとりで育てており、ふたりへの愛情はしっかりある。
 ユ・ヘジンはいつものごとく、表情も、素早い仕草も、口も巧みなパンスをいきいきと演じ切っている。本当にこの人は上手い。文盲のパンスが文字を学び、街中の看板などを読み回るシーン、わかるようになる喜びにあふれていて素晴らしい。本まで読めるようになるなんて。こういう部分の楽しさが強く印象に残る。

 パンスに鞄を掏られたことから出会い、やがて自分たちの事務所の雑用係に彼を採用するジョンファンは、朝鮮語を残すために辞書を作ろうとする、真面目な青年。総督府のきびしい弾圧をかいくぐるように、本屋を盾に、学者仲間とアジトをつくって活動している。そんなジョンファンを演じるのは、今までどちらかというとフィジカルなイメージの役が多い印象のユン・ゲサン。インテリで堅物な男を、驚くほど無理なく演じている。チンピラ風のパンスをなかなか受け入れられず、しつこくいびるところや、その後の軟化、最後には彼に命より大事な原稿を託すまでになる変化も自然。この人、こういう知識人風もすごく似合う。華やかではないんだけど、独特の色気を感じる俳優さんだ。

 脇役も多いけれど、どの人も巧み(チョイ役で、タクシー運転手の直角刑事、チェ・グイファ出てませんか、確か。他にもタクシー運転手の出演陣がいたような)。なかでも、ドラマでおなじみ、キム・ソニョンさんやキム・ホンパさんが印象的。ホンパさんのチョ先生のおおらかな人格者ぶりと辞書作りへの信念にはじーんとさせられた。あの最期泣。
 パンスの子どもたちも健気で賢く、かわいい。最後の顛末でわかる彼らの運命が泣かせるが、未来への希望を残したのも彼らだ。

 今作を反日、などと言う人がいるのだろうか。全く違うと思う。なぜならこれはほぼ事実であるから(課した創氏改名、朝鮮語の禁止など)。へんに卑屈にならなくてもよい。ただ、言葉を、名前を奪われることの辛さ、悲しさ、悔しさを、心に焼き付けたい。

 
うっちー

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