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マルモイ ことばあつめのMachikoのレビュー・感想・評価

マルモイ ことばあつめ(2018年製作の映画)
5.0
朝鮮語が禁じられた日本統治下の朝鮮で、母国語の辞書を作るため奮闘した人々の姿を描いた傑作。命の危険をも飲み込み、膨大な時間と労力をかけ母国語を護ろうとした主人公たち。日本人が犯した悪行を悔悟しつつ、「ことば」が持つ力と価値を改めて学ばされた二時間だった。

文字が読めなかった主人公・パンスは、辞書編纂の過程で文字を覚えることで自身の世界を大きく広げてゆく。小説を読んで涙を流し、何かと対立していた人間と一気に打ち解けたり、通りがかる店の看板を片っ端から読み上げたり。「ことば」を知る、持つ、使う喜びに溢れた、象徴的なシーンだ。

「ことば」とは、アイデンティティや文化、何より喜びと切っても切れないものであるということが、これだけの描写で、どんなに台詞を尽くすより雄弁に語られる。だからこそその宝を簒奪しようとする日本人の残忍さも、彼らから母国語を守ろうとした主人公たちの情熱も、強い説得力を持って胸に届く。

危険を顧みず母国語を守った彼らの信念は素晴らしい。だが本当の理想は、リスクを取らずしても大切なものを大切にできる世界だ。本当に良い世界を志向するなら、私達のするべきは、だから彼らを徒に美化する事ではなく、良い未来を阻む者に対し毅然と立ち向かい、NOを突きつける事にあると感じた。

「一人の十歩より十人の一歩」という台詞が作中に登場する。一部の所謂富裕層、ホワイトカラーだけが力を付けたとしても世の中は前進しない、と。現代日本にも適用できそうなフレーズだ。それこそ上野千鶴子先生の東大祝辞のような。オム・ユナ氏の作品はいつも、現実に即している。

「問題に無知・無関心であった主人公が徐々に正義に目覚め行動する」という大筋は、オム・ユナ監督が以前脚本を手がけた「タクシー運転手」と同様だが、今作は更に踏み込み、「未来への継承」というテーマも盛り込んでいた。そして手紙で子どもに思いを伝えられるのも、「ことば」あってのことなのだ。

「タクシー運転手」もそうだったが、オム・ユナ氏の手がける作品は、観賞後、ずっしりと重い大切なバトンを手渡された感覚になる。それは誰かの文化やアイデンティティを奪ってはならないという過去からの学びでもあるし、己のそれを守らねばという使命感でもある。良き映画でした。満足!
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