Kuuta

天気の子のKuutaのレビュー・感想・評価

天気の子(2019年製作の映画)
3.9
これだけ雨が降り続ける映画も珍しい。ややネタバレ。

卑近な東京を描くのに大企業のプロダクトプレイスメントを活用し、これほど歪で正しくないお話を、大資本を投じて夏休みに流しまくる。全ては国民的な大ヒットを飛ばした次をどうすべきか、考え抜いた末の戦略なんだろう。「君の名は。」に否定的なスタンスだった私からすると、完全に作り手の術中にハマった感があるが、今回は素直にハマろうと思います。やられました。

過去作は「君の名は。」しか見たことないニワカだが、監督がインタビューで語っている狙い通り、前作のご都合主義の気持ち悪さ、これでいいのかよ感が払拭されていた(しつこいくらいのSNS描写に、前作の批判をも取り込もうとする気概を感じないでもない)。作家性を抑えようとしていた前作よりも、セカイ系として見事なフルスイングをかましてくれた今作の方が爽快感すらあった。

サリンジャーを登場させてモノローグによる述懐、あくまで主観的な青春のくどくどしい話だというエクスキューズを挟みつつ、帆高の家出理由の説明も省略する。子供の見る夢と、大人の世界。年齢的にもその中間にいる帆高と陽奈が、どこでもない場所を求め彷徨う。子供から大人への過渡期という視点で見ると、完全に大人な須賀、大人になりかけの夏美、大人びた凪と大人ぶっていた陽奈という配置になっており、帆高の「一番年上じゃないか…」の呟きは、テーマがぐっと前に出てきた感じでとても良かった。

前作より優れていると感じたのは、若者2人が突っ走るだけの話でなく、大人の側の須賀と夏美が、彼らに触発され行動するサイドストーリーが組み込まれていた点。陽奈を失ったまま大人になった帆高が須賀であり、終盤は須賀も子供のような夢を見ながら、帆高と対峙する。

「本当に世界を変えたのか?」との問いに「元々狂ってるから」で返す切れ味が光る。巫女の首飾りがちぎれ、力を失った陽奈は、後悔や傷を背負いながらも空に祈りを続け、帆高と共に生きようとする。一度は世界を敵とみなした帆高は、年齢を重ねて世界と折り合いをつけるようになり、周囲の大人も世界の変化を淡々と受け止める。前作と比べても、かなり大人な着地であり、途中までは典型的なセカイ系展開でありながら、結局個人は世界を変えられず、セカイ系的な閉じた関係を完璧に否定してみせる。非常にアクロバティックなオチだと思った。

前作が田舎憧れだとしたら、今作は東京憧れ。太陽や雲、都市描写の美しさは言うまでもない。天の気が無数の人の心を動かす。人知の到底及ばない、自然への畏怖が感じられる空の見せ方が素晴らしい。例えば入道雲にも「夏休みーワクワク」のようなステレオタイプではなく、この世ならざる存在への恐怖や憧憬が込められている。でかい雲って、そこにあるだけで何か怖い。そういう感覚が絵の質感によって表現されている。

千と千尋の神隠しにおいて、生と死の混在する湯屋の世界を象徴していたのが水。今作でも、あの世からこの世へ降り注ぐ雨が二つの世界を介在し、ポニョのように、この世は水浸しになることで一変してしまう。

清廉潔白な話にしないバランスを意識したのか、終始警察が敵として描かれる。狂った少年少女を描きたいのは分かるが、キャラクターのビジュアルや普段の振る舞いと、唐突な持ち去りや発砲といった銃がらみの強引な行動はやや噛み合っていない感じがした。

食べ物演出、高低差を使った見せ方(半地下の事務所、二階建てアパート、高層マンション…)等々、ディテールを語り出したらキリがないが、個人的に好きだったのは、占い師に取材するシーンで、夏美がきちんとICレコーダーを回しているのに対し、帆高がiPhoneの録音アプリで済ませていたところ。初取材での帆高の準備の甘さが出ている。芸が細かい。

教科書的ではない表現の重要性。多くの人が触れるこれだけのメジャー作品でありながら、最後のジェダイのように(またも被弾)奇をてらったり斜に構えるのではなく、真面目な姿勢で賛否両論を生もうとしている所に好感を持った。

以下、2度目の鑑賞後の加筆。
ラブホでご飯食べているところでかなりウルっと来てしまった。安い享楽に生きるしかない切なさ。万引き家族のように、そこに確かな絆が見える。

雲が途切れて綺麗な空が見えるだけで感動するし、大きい入道雲に向かって走っているだけで感動する。映像で語る映画的な見せ方であると同時に、アニメでないと出来ない表現でもある。やっぱり、天気描写が素晴らしい。

「未来はそんな悪くないよ」「胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの」。カラオケすら伏線だったとは気付かなかった。

指輪と手錠、異なる二つの輪が互いを結び付ける。鎖に縛られた自転車→自由に動く夏美さんのスクーターの流れも面白い。

帆高が龍神の使いであることを示す演出。最初に渡されるビールに「龍」(出会った時から帆高と須賀の関係はビールが繋ぐ。水分を取りたがる2人)。龍の帽子を須賀さんから渡され、使いの役割が須賀から帆高に移る。クライマックスで彼岸に飛んだ際も、まず龍に飲まれる。

螺旋階段を壊して前に進む帆高は、ゲームのような繰り返しの世界を抜け出し、後戻り出来ない選択と結果が伴う世界へと入る。79点。