satoshi

HELLO WORLDのsatoshiのレビュー・感想・評価

HELLO WORLD(2019年製作の映画)
4.4
 東宝が制作した、オリジナル・アニメーション。監督は「ソード・アート・オンライン」シリーズの伊藤智彦。脚本は小説家の野崎まど。制作はあの傑作『楽園追放』を生み出したグラフィニカ。私は「S.A.O」にはそこまでハマらなかったですし、野崎まど先生の作品は見たことも読んだこともありません。ですが、何となく気になったことから、記憶の片隅に留めておきました。そして試写会が公開されたら、アニメーション研究家の土居伸彰氏が大絶賛しているのを見て、期待値が急上昇し、鑑賞した次第です。

 鑑賞してみると、確かに思うところが無いわけではないですが、個人的には素晴らしい作品だと感じました。既存の物語(セカイ系やなろう系)をSFというガジェットを用いてアップデートしている作品だと思いますし、物語にも純粋に感動してしまいました。

 本作を観て、まず考えるのは、セカイ系というジャンルについてです。これは簡単に言えば「君と僕」だけの狭い世界だけで物語が進行し、その彼と彼女の悩み、葛藤がそのまま世界の危機に直結するという作品です。このジャンルの主人公は「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジに代表されるように内向的なケースが多いのも特徴です。現在大ヒット中の『天気の子』もこのジャンルに該当します。しかし、この作品は「セカイ系」というジャンルに対してもう1つ進んだ答えを出しました。

 本作は、『天気の子』よりもさらに踏み込んで、セカイ系というジャンルを改革した作品だと思います。本作の構造を見てみると、直美という優柔不断な少年が、一行瑠璃という死の運命が待っている少女を救うというもので、直球のセカイ系です。ただ、本作はここに多重世界というSF設定を導入して、新海誠監督すら成しえなかった、「世界も女も、皆救う」ことをやっているのです。そしてこれが物語のツイストになっていて、観客をどんどん惹きこんでくれるのも素晴らしいなと。

 また、主人公である直美の人物像と成長の過程も現代風にアップデートされていると思いました。直美は優柔不断ですが、自己啓発本を読んで「決断」をしようとするキャラです。ナオミが現れた当初は「最強マニュアル」という「運命」に従うだけでしたが、最終的には自身で「決断」して行動し、自分たちが住む「世界」すら決めてしまいます。これは2000年代初頭のセカイ系主人公が内向的、優柔不断だったことと比較して考えれば、『君の名は。』以降の前向きさが活きているなぁと思います。さらに、自分たちが住む「世界」すら決めてしまうという点では『天気の子』と同じだと思いますが、こちらは「世界」すら救っているんですよね。かなりアクロバティックですが。この点は相当なアップデートではないかと思います。この全てを救済するラストに私は感動しました。

 このように、本作はSFガジェットを用いてセカイ系を『天気の子』とは違う角度から更新したと思います。そして、SFガジェットの中に、既存のアニメのジャンルをも落とし込んでいると感じました。直美たちが生きている世界はアルタラという量子記憶装置の中にある「記憶された世界」です。ここが「第1層」となります。「主人公たちが現実世界ではなく、データ上の存在」というのは、伊藤監督の前作「S.A.O」を彷彿とさせます。また、平凡な主人公がある日超常的な力を得て、それを用いてヒロインを救うという構造は、それこそ数限りない作品群があります。これらにもSFガジェットを導入することで無理のないストーリー運びをさせていています。後、能力のためにきちんと特訓をさせているのもポイント高い。

 また、3DCGを駆使して世界そのものが崩壊してく様(ここは完全に『インセプション』)や、縦横無尽な画面展開を行っていて、映像的にも観ていて楽しかったです。

 基本的には素晴らしい作品なのですが、言いたいこともあるのも事実です。まずはヒロインです。劇中ではほとんど「救われる」だけの存在であり、彼女自身の意志が結構無視されている気がしました。ただ、ラストで全てがひっくり返る構造にはなっていて、そこまで観ていれば、彼女が直美たちと同じく戦っていたことが明らかになって印象は変わります。ただ、劇中のほとんどがそうでしたし、具体的な描写は無いので、そこまでフォローにはなっていないような。また、アニメアニメした恋愛描写、水着、メイド服などの露骨な「サービスシーン」には辟易しました。

 こういった不満点はあるにはありますが、基本的に、本作は好きな作品です。そこまで破綻しておらず、SFも上手く取り込んであってと、十分良作だと思います。
satoshi

satoshi