幽斎

21ブリッジの幽斎のレビュー・感想・評価

21ブリッジ(2019年製作の映画)
4.0
我らの「ブラックパンサー」Chadwick Bosemanが大腸癌の為亡くなった、享年43歳。私は一切「アベンジャーズ」シリーズをレビューしないが全て観てる。一番好きなのは「ドクターストレンジ」ですが、2番目が「ブラックパンサー」エンタメ作品をアカデミー賞3冠に導いたのはBoseman有ってこそ。Tジョイ京都で鑑賞。

始まりは無名の俳優Adam Mervisが書いた原案。自身が主演する筈が製作費が集まらず、ハリウッドのプレイリスト(版権管理庫)に留め置かれた。その後、アメコミでは無いシリーズ化の案件を探してたBosemanが「君のシナリオは素晴らしい、是非プロジェクトに参加して欲しい」と要望、Mervisも「貴方と一緒に仕事が出来るなんて光栄です」と意気投合。BosemanはMervisの才能を見抜いて、俳優では無く監督を目指すべきと背中を押して製作された「The Last Days of Capitalism」数々のコンペで絶賛されたが、それを見る事は無かった。

Bosemanが刑事シリーズを企画と聞いて「アベンジャーズ」で顔見知りのAnthony Russo、Joe Russoルッソ兄弟が製作を担当。盤石の体制かと思われたが、それが逆に仇と為る。製作費3300万$、大作では無いがプロデューサーが様々な要素を加味した結果、原案のタイトな良さは失われ、スリラー的に言えば「穴」だらけのスクリプトに変質。その理由、製作も兼ねるBosemanは「アベンジャーズ/エンドゲーム」と掛け持ちで、且つ2本のNetflix作品もスタンバイ、とても脚本の精査まで気が回る訳が無い。

人気俳優とハリウッド有数のプロデューサーを以ってしても、メジャーで作れなかった。理由は脚本の穴とマンハッタン封鎖の現実味。困ったルッソ兄弟は独立系STX Entertainmentを頼る。日本の楽天にも出資してる中国テンセントとインドの製作会社が乗っ取った会社で、本作も華誼兄弟(フアイ・ブラザーズ)製作。もちろん、重要な場面でチャイナタウンも登場する。私のレビューで再々登場する「Black Lives Matter」ブラック・ライヴズ・マターが描かれるが、穿った見方をすれば人種の分断を搖動する演出に見えるのは、私だけだろうか?。

東海岸は全く無知なので一緒にGoogle earthを見て欲しいが、マンハッタン島を封鎖するのは事実上無理と言える。Ed Koch Queensboro Bridge Robert F. Kennedy Bridge Willis Avenue Bridge Third Avenue Bridge Harlem River Lift Bridge Madison Avenue Bridge 145th Street Bridge Macombs Dam Bridge The High Bridge Alexander Hamilton Bridge Washington Heights Bridge University Heights Bridge Broadway Bridge Henry Hudson Bridge Spuyten Duyvil Bridge George Washington Bridge Brooklyn Bridge Manhattan Bridge Williamsburg Bridge Roosevelt Island Bridge Hell Gate Bridge 全て車が通る橋では無いので、原案も「17 Bridges」だったが、語呂が悪いと変更。中国ウイルスで多数の死者が出てもロックダウンに慎重論が根強く、市長が逡巡した位なので「ブリッジが封鎖出来ませ~~ん」何処かで聴いたセリフが思い浮かぶ。大掛かりなプロットが本筋に絡まない機能不全に陥ってる。

橋の封鎖はフェイク・トリガーで・・・と言う意味ではスリラー・テイストだが、カモフラージュが明かされても荒唐無稽で説得力に欠ける。しかも匂わせ程度の描写しかないので「いや、ソッチの方が破綻リスク高いぜ」と劇場で呟いてしまった(マスクはしてます)。メディアの視点を取り入れて現場を多角的に描写する事で、緊張感が観客にも伝わる、アクション映画の一丁目一番地が欠落してる。だが、良い演出も有る。列車内の「サシ」の場面は、ミラー的な演出とBosemanの存在感で強いインパクトを残す。Bosemanの行動は容赦なく犯人を射殺するに足る「理由」が大切で、タイトルのbridgeは「平和の架け橋」と言う意味も有るが、絶望的な無力感が漂うラストは印象的。

BosemanがMervisの原案を気に入った部分は、往年のノワール・テイストを現代風にアップデート、しかも濃い目で。Bosemanの役名Andre Davisを見てピンと来た方はアクション通だが、硬派なアクションAndrew Davis監督を捩ったモノ「野獣捜査線」そして私の好きな謎のデビュー作「刑事ニコ/法の死角」大ヒット作「逃亡者」で有名。冒頭の銃撃戦は「ジョン・カーペンターの要塞警察」を彷彿とさせる熱量で、秀逸なのは現代の銃火器をリアルに演出、特にサイレンス小銃の使い方が素晴らしい。この様な近接戦を「Close Quarters Battle」CQBと言うが最近だとレビュー済「ジョン・ウイック」で使われるが、計算された角度でムダなく撃ってる。

Bosemanの念頭は偉大なる先輩Sidney Poitier「夜の大捜査線」だろう。アクション映画に詳しい友人は真っ先に「破壊!」Peter Hyams監督作品を挙げた。言われて見れば「ダーティハリー」っぽい点も有るし、封鎖繋がりで「16ブロック」も有る。コンセプトは「フレンチ・コネクション」オマージュで間違いないが、硬派アクションと言えば、お色気ゼロのMichael Mann監督にテイストは近い。ニューヨーク市警OBをコンサルタントに招いたのは、本格を大切にするBosemanの姿勢とも一致する。

彼が患った大腸癌、正確には結腸癌は健康診断で早期発見なら治癒率は非常に高い。自覚症状が無いのが厄介だが、年一回の大腸カメラで大丈夫。死の数ヵ月前に結婚した歌手Taylor Simone Ledwardに依れば「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」公開時で、ステージ3と診断。リンパ節に転移してる状態で5年以内の生存率は64%。此の頃から急激に痩せ始め、他の臓器に癌が転移するステージ4に。早期に人工肛門を付ける選択も有り、誰かのせいで有名に為った多目的トイレにはオスメイトも有る。本作で一度ピリオドを打ち、俳優を休止して治癒に専念すれば、死ぬ事は回避できた。だが彼は最後まで俳優で居たかった、のかもしれない。

作品の真水の評価3.8+彼の遺作0.2=4.0。を抜きにすればアンバランスな作品で有る事は間違いない。少ない予算でニューヨークっぽい(ブルックリンはセット撮影)雰囲気は、自分の街の描写に煩いニューヨーカーも満足だろう、謎の「京風なんとか」に敏感な京都人の私も良く分る"笑"。警察の描き方や銃撃戦はリアリティ溢れるが、肝心のプロットに隙間風がビュンビュン吹いて、テーマ全体がアホらしく見える。彼が主演する事でKeith David、Taylor Kitsch、J.K. Simmonsと名脇役が花を添えた。問題は「相棒」だった。

原案「17 Bridges」は白人のベテラン刑事の汚職を黒人の新人刑事(共に男性)が暴く設定、それをBosemanが引っ繰り返し、設定も女性に変えた。しかし、独立系スタジオで予算に縛りが有り、女優のオーディションは難航。結果的に決まったSienna Millerも、当初はギャラの安さで辞退する。しかし、候補の中でBosemanは彼女の経歴と作品のマッチングを考慮して強く説得した「俺のギャラの半分を君にやるよ、だから出演して欲しい」彼女は薬物療法を続けながら演じる彼を見て、渾身の演技で抜擢に応えた それなのに・・・。

続編は叶わぬ夢と為ったが、親愛なるティ・チャラ陛下、どうか安らかに眠って欲しい。
幽斎

幽斎