TOSHI

火口のふたりのTOSHIのレビュー・感想・評価

火口のふたり(2019年製作の映画)
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〈以下、性的表現により、R18+指定の映画に関するレヴューです。念のため〉

観賞前は、昭和の時代からある、ドロドロとした男女の恋愛を描いた作品かと思っていた。ピンク映画出身の、荒井晴彦監督だけに尚更だ。しかし観てみると、非常に現代的な、今まさに作られるべき映画だった。

オープニングで捲られる、抱き合う男女のモノクロの写真集が、本作の世界観を象徴する。離婚して起業にも失敗し無職の賢治(柄本佑)は、父(柄本明)から従妹の直子(瀧内公美)が結婚する事を知らされ、秋田に帰郷する。二人はかつて、深い恋愛関係にあった。火口のポスターを背景に交わっている写真が残っているが、二人は富士山の火口に身を投げ、心中しようとした過去があった。
賢治に比べて、直子の方がかつての恋愛を忘れられない様子だ。直子は賢治と別れ、実家に戻ってから何人もの男と寝たが、賢治とのセックスは特別な物だったのだ。過去の恋愛について、男性は「名前を付けて保存」、女性は「上書き保存」と言われるが、その意味では逆の設定だ。
結婚を控えている筈の女性主導で、断絶していた二人の距離が縮められて行くのがスリリングだ。「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」と言う直子が、賢治にキスをし、乳首を舐め、自らジーンズを脱ぐ描写がエロティックだが、遂に賢治も欲望を爆発させる。
人間が他の生き物と決定的に違うのは、必ずしも本能通りには生きていない事だが、社会の構造的な問題が山積みで、個人はスポイルされる一方の現代では、そんな理性主体の生き方が不幸の源であるとも言える。本作の、頭よりも体(本能)に忠実に生きるという投げかけは、現代人に対する強烈なアンチテーゼだ。

登場人物は実質二人のみで、のどかな地方都市で、血縁ながら恋愛関係にあった二人だけが切り取られるという、独特な作りだ。
そして次第に、母親の子孫を残したいという、子供を産む事ありきの結婚である事が分かり、秋田という東北でも大震災の被害が、比較的少なかった地域に住む人の負い目が、震災時に活躍した自衛隊員との結婚に繋がったという、直子のコンプレックスが浮き彫りにされる。
またプレイバックする、路地裏での行為など、過去のアブノーマルな性愛は、従妹との関係への賢治の後ろめたさの現れだった事が告白される。
複雑な心理を抱えるが故に、本能に基づくセックスの気持ち良さに没入していく二人が、リアルだ。自衛官が出張から戻るまでの5日間という、限定された状況で、肉欲に溺れる二人が切ないが、互いの性器が腫れあがるなど、どこか滑稽だ。

どこに着地するのか分からない物語だが、近未来にありうる危機が起こる、終盤の展開に驚かされる。大震災を背景とした本作が一段飛躍するが、ここに昭和的なドロドロとした映画が、今作られた意味があるだろう。
しかし異常な状況でも、本作のメッセージはシンプルだった。自然災害の危機が高まるばかりで、社会・会社・学校が個人を圧迫する現代だからこそ、“気持ちいい”が大事なのだ。
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