らいち

宮本から君へのらいちのレビュー・感想・評価

宮本から君へ(2019年製作の映画)
5.0
未体験の人間賛歌。期待値メーターが振り切れた。
昨年、自身を最もテレビに釘付けにした深夜ドラマの映画化。その熱量は、対”愛”へと向かった本作でさらに増大。共感、常識、効率、コスパといった時代の風潮は無視。既成を超越した人間ドラマが心臓を鷲掴んで離さない。鋭利な言葉と罵声の大音量。突き刺さって、殴打され、宮本の生き様を追体験するかの如く、心身をすり減らされる思い。しかし、同時にそれを補って余りあるエネルギーを注入される。息が上がり、鼓動が高鳴り、涙がこみ上げる。”生き切る”宮本は、バラ色の人生を掴み取る。あぁ自分はこれから本作を何度見ることになるだろう。

昨年の深夜ドラマの続き。主人公の宮本が、新人営業マンとして奮闘する姿を描いたテレビドラマだったが、その本質は「お仕事」モノではない。「人間の意地や誇りをないがしろにするのがプロの仕事ですか」なんてセリフに象徴されるように、仕事に生きる男たちを通して、人間と人間の繋がり、愚直に全力で戦うことの強さを描いたドラマだった。原作がバブル期ゆえ、時代錯誤な内容だったが、その生き様にひたすら魅了された。また、演じる池松壮亮のイメージを刷新する新境地と感じた。

映画版の本作では、テレビ版の後半で少し顔を出した年上女子「靖子」が、いよいよ、宮本とイイ仲になっているところから始まる。テレビ版では完全な脇役だったので、蒼井優のキャスティングに「勿体なー」と思っていたが、この映画版への布石だったようだ。ドラマ版の「サラリーマン編」からの流れを汲むも、映画版の本作は、宮本、そして靖子の2人に焦点を絞った濃密なドラマになっていた。テレビ版で登場した宮本の職場仲間は魅力的な人ばかりだったので、映画版での露出の少なさを残念に思っていたが、いやいや、こんな物語が待ち受けていたなんて。

宮本と靖子の間に訪れる愛の試練は、かなり重く衝撃的だった。約束を守れなかった自責と加害者への怒り。宮本の顔から血の気が引き、その後、頭に血が上っていく様子がよく見える。靖子は宮本を攻め、宮本はその想いを真正面に受け止めようとする。警察に通報する??、そんな常識的な考えを挟む隙はなく、2人の激情の波にただただのまれていく。宮本の決断は、紛れもなく身勝手なもの。靖子も全く望んでいない。だけど、絶対的な正義だと信じてしまう。

加害者は殺人事件も犯しかねないサイコな悪漢だ。剛力の大男であり、宮本の決意は命も落としかねないリスクを背負う。怒り狂った敵意も、カウンターパンチであっさり返され、前歯の3本が折れるほどに顔面殴打を喰らう。痛みと恐怖が伝染する。逃げてほしい。逃げたほうがいい。が、宮本には逃げるという選択肢はない。そしてクライマックスの再戦は、捨て身の体当たり。痛快よりも恐怖。命をかけた人間の刺し違える覚悟。久しく経験のなかったボルテージに全身が震えた。

宮本の生き様に引き込まれる一方、それと並んで靖子というキャラクターが強い女性として描かれていることに注目する。事件の直後、泣き寝入りすることなく、包丁を待ちだして追いかける。無力だった宮本を容赦なく攻め、罵倒する。勝気ではない、誰に頼ることなく、自身で運命を切り開いていく勇気を持った人だ。パンフ情報によると靖子の個性は原作のままだという。連載当時のバブル期、かなり先進的なジャンダー観をもった作品だったようだ。

宮本と靖子は、本能に思った言葉を、最短距離でぶつけ合う。ボクシングの打ち合いに近い印象だが、自分は他のイメージを思い浮かべた。野球の一幕、ピッチャーが剛速球のストレートを真ん中に放り投げる、バッターはピッチャーライナーで顔面で打球を受ける。ピッチャーは血みどろになりながらもピッチングを続ける。異常な光景で滑稽にも見えるし、何より痛い。真利子監督の痛みを感じさせる演出が、本作ではとても需要になっている。

2人を演じた池松壮亮と蒼井優を通して、役者という仕事の業に触れる。”熱演”なんていう表現ではヌルすぎる。魂をぶつけ合い、その摩擦によって生じた熱波を観客に浴びせる。演じるでなく、全身全霊で生きる姿を見せる。それが共感から離れた生き様であっても、観る者の心情を確かに揺さぶる。それにしても蒼井優、こんな女優さんになっていたんだな。南海の山ちゃん、凄い人と結婚したもんだ。オンオフが切り替えられる能力をもった人なのかもしれないけど。ほかに、2人をかき回し、口から泡吹いて卒倒する井浦新、死ぬ気で役作りに挑み、恐怖の源泉となった一ノ瀬ワタル(「サ道」に出ていた人!)、映画界に必要と認識したピエール瀧、監督によって新たな魅力が引き出された佐藤二郎、他の役者陣も素晴らしかった。

ここまで2人の生き様に惹かれるのは、丸出しの本性が羨ましく見えるから。見終わって何かに飛び込んでみたくなる。宮本の一点突破の爽快感と、その先にある穏やかな希望。光刺す結末は「Do you remember?」込みでパーフェクト。バラ色の人生は、力づくでないと掴めないということ。
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