足袋ブーティ

ロード・オブ・カオスの足袋ブーティのレビュー・感想・評価

ロード・オブ・カオス(2018年製作の映画)
2.0
ブラックメタルの"音楽"の特異性、芸術性があまりにも蔑ろにされていて、個人的に「こんなのあんまりだ」という印象です。

本作では「インナーサークルで何が起きたか?」というスキャンダラスな一面にのみ終始します。残念なことに、ブラックメタルの"音楽"の素晴らしさ、その芸術性について1mmも伝わってきませんし、そもそも伝える気がないようです。

要するに、本作はブラックメタルの映画ではありません。
あのバソリーの元ドラマーが手掛けた作品ということもあり、ブラックメタルの魅力をいかにマス向けに仕立て上げてくれるのか、大いに期待して鑑賞に臨みましたが、見事に外れました。
期待外れどころか、いちブラックメタルファンとして「個を蔑ろにし、スキャンダラスな部分ばかりフォーカスするマスメディアに対する憤り」に似たものをこの映画に対して感じています(そしてそれこそが、ブラックメタルを愛する人々が最も唾棄するものでは?本当に何も分かっていないんだな、と思った)。

「主旨が違う」と言われればそれまでですが、ならこんな映画公開してほしくなかったというのが正直な感想です。
同時期のノルウェーには、インナーサークルに所属ないし関連しながらも、犯罪行為に手を染めることなく、ひたすら自身の音楽を追求した素晴らしいブラックメタルバンドがたくさん存在します。ですが作中、それらのバンドは一切登場しないどころか、名前すら挙がりません。インナーサークルの"悪事"にフォーカスした作品とはいえ、いくらなんでも不自然です。まあ、名前の使用許可が降りなかった可能性もありますが…。

残念と言えば、アッティラ・シハーです。デッドの後任ボーカルとしてDe Mysteriis Dom Sathanasから現在に至るまで(途中脱退あり)のMayhemに参加しているのですが…作中の扱いといえば、「気付いたらなんかそこにいて、特に紹介もなく、一曲歌って出番終了」という有り様です。
当代随一といえる、かのボーカリストに対しこの扱いはあんまりです。本当に本当に残念でした。まあ、こちらも許可が降りなかった可能性もありますが…であれば、許可しても良いと思える作品にすべきです。でなければこんなもの公開しないで欲しいし、ヴァーグ本人が本作に対し軽蔑の意を示したのも納得です。

何より本当に残念なのは、これを観て「ブラックメタルって格好いいんだな!聴いてみよう!」と思う方が、果たしてどれだけいるのだろうかと…
確かに一部の起こした犯罪行為は許されるものではありませんが、それはブラックメタルのほんの一面に過ぎません。それに対して本作は、まるで「これがブラックメタルの全てである」かのように誤解を与える出来栄えです(あたかもMayhemとBurzum以外のバンドが存在しないかのように描写されているため)。いまいち必然性が見出せない滅多刺しのシーンにあれだけ尺をとるくらいなら、他に映すべきことがあるのでは?その点について心から軽蔑の意を表します。

なお、ブラックメタルインナーサークルの狂気、すなわちヴァーグの狂気を理解するにあたり、「オダリズム」への理解は必要不可欠です。

オダリズムとは、「キリスト教到来以前のペイガニズム(多神教)を含む本来のヨーロッパ人の価値観を取り戻せ」と主張する思想を指します。

ヴァーグは、サタニズムと反キリスト教を混同されることを非常に嫌っていました。
というのも、悪魔とはキリスト教の被造物であり、かつてのゲルマン/ノルマン民族が信奉していた北欧神話の神々は、キリスト教徒から悪魔と見なされたとしても、被造物としての悪魔とは根本的に無関係だからです。
「神話の神々やエルフたちと共に暮らしていた民族の世界を悪魔呼ばわりして侵略し、人々を虐げたのはキリスト教徒の方だ。(≒ならば我々は"悪魔“で構わない)」とするのがヴァーグの思想です。

つまりヴァーグにとって、教会放火は単なる仲間内の権威争いに留まらない「戦争」であったと考えられます。事実、収監前のインタビューにて、教会放火についてヴァーグは「サタニズムではなく民族主義に基づくものである」ことを示唆しています(同時にサタニストであったことは一度もないと述べています)。

ここまで長くなりましたが、本作はインナーサークルメンバー、特にヴァーグが狂気に至るまでの背景を「意図的に」稚拙にした節があり、ヴァーグの抱える闇を1mmも描けていません。
ユーロニモスはさておき(彼の悪魔崇拝はある種の宣伝材料に過ぎず、インナーサークルにオダリズムの思想を組み込むことを忌避していたとする見解・証言が多々ある)、あれではヴァーグは単なるキョロ充を拗らせた痛いやつです。
彼らの起こした犯罪行為を美化する意図はありません。ただ、なぜヴァーグはそのような思想を抱くに至ったのか?その点がいかに表現されるかを期待していたため、肩透かしでした。

繰り返しますが、犯罪行為を美化・賛美するつもりは毛頭ありません。また、本作が実話をベースに事実と虚構を織り交ぜた映画であることも存じています。
ただ、ブラックメタルはこんな薄っぺらな痛みと安っぽい狂気で覆われた映画で理解できるほど浅いものではありません。どうか誤解のなきよう。
足袋ブーティ

足袋ブーティ