ナガエ

ボーダー 二つの世界のナガエのレビュー・感想・評価

ボーダー 二つの世界(2018年製作の映画)
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凄い映画だったなぁ。とにかく、最後の最後までザワザワさせられる感覚が続いたし、そもそも、冒頭から物語がどうなっていくんだかまったく想像出来なかった。途中から物語全体の設定が理解できるようになるんだけど、それがまた異次元の展開というか。とにかく、まだ映画を観ていないという方は、この感想を読まない方がいいと思います。この映画、まったく何の情報もないまま見に行く方が面白いと思うので(僕も、まったく何も知らない状態で観ました)



主人公は、空港の手荷物検査場で働くティーナという女性。決して良いとは言えない容姿で、表情にも乏しく、不快感さえ与えるような存在感であるが、彼女は手荷物検査場で非常に重宝されている。
それは、持ち込んではいけないものを所持している人間をあっさりと見極めるのだ。彼女は、羞恥心や罪悪感を匂いで嗅ぎ取れるのだ、と説明している。未成年が酒を持ち込んだり、ビジネスマンがポルノ動画を持ち込んだりするのを食い止めている。
ティーナは、中心部から離れた群島の辺りで、恋人のローランドと暮らしている。しかし恋人と言っても、相手はティーナの金が目当て。しかし、ティーナもそれが分かっていて、それでも誰かと一緒にいたい、と思ってしまうほどの孤独を抱えて生きている。
ある日ティーナは、手荷物検査場で、怪しげな男と出会う。ティーナの嗅覚が働く相手だったが、しかし、手荷物からは不審なものは何も発見できなかった。男はヴォーレと名乗り、会話の流れの中で自分の宿をティーナ伝えた。そしてティーナは彼に会いに行くのだ。
ヴォーレも、一般的には、他人に不快感を与えがちな存在だ。しかしティーナは、何故かヴォーレに惹かれるものを感じている。理由が分からないまま、ヴォーレとの関わりを深めていくティーナだが…。
というような話です。

もう一回書くけど、メチャクチャざわざわさせられる物語だった。とにかく、映画を観ていて、最初の1時間ぐらい、何がなんだかさっぱり分からない。いや、そんな奇妙奇天烈な物語が展開されるわけではない。しかし、ティーナとヴォーレの物語がどう繋がっていくのか、まったく理解できないのだ。ティーナが何故ヴォーレに惹かれたのか、という点がまったく不明なまま物語が進んでいって、それが映画全体に不穏な雰囲気をもたらしていると感じる。

そして何が凄いって、その理解できない映像の中で「キレイな描写」が少ない、ということだ。虫を食べるシーンがあったり、食事のくちゃくちゃした音が強調されていたり、主人公たちの外見(特にヴォーレ)が汚らしい感じにされていたりと、映像という観点から見て美しさがない。ストーリーや設定が理解できない上に、映像的にも美しくないという、「つかみ」という意味でまったくセオリーの逆を行くような映画でした。

それでも、(これは何かあるな…)という、「不穏さ見たさ」みたいな好奇心で、最初の1時間ぐらい見ていたと思います。

で、ティーナとヴォーレの2人の”秘密”が理解できてからもむちゃくちゃっていうか、むしろ分かってからの方がむちゃくちゃというか、そんな感じでした。

この”秘密”が分かったことで、ティーナが置かれている非常に複雑な立ち位置がようやく理解できることになります。この映画には「二つの世界」っていう副題がついてますけど、まさにティーナは、二つの世界の狭間にいる人物です。そして、とある事情から、彼女はどちらか一方の世界を選択せざるを得ない状況に陥ることになります。

これは相当にハードな選択です。ティーナの過去については、父親との会話の中でちょっと話に出るぐらいでそこまで詳しく描写されませんが、かなり苦労したんだろう、ということは推察されます。で、その苦労が、帳消しになる、とまで言わないけど、なるほどこのためだったのか!と思えるような状況がまず一方であるわけです。しかし同時に、これまで長い時間過ごしてきて、辛いこともしんどいこともたくさんあったけど、それでも愛着のある世界が一方にある。さぁ、どっちを選ぶ?という、なかなかハードな選択を迫られます。

そしてその葛藤の中で、「正しさとは何か」という問いが突きつけられます。ティーナの行動を、あるいはヴォーレの行動を、「正しい」か「正しくない」かという捉え方で理解するのは、ほぼ不可能ではあります。でも僕らは、社会という集団の中で生きる者として、どうしてもそういう判断をベースにした行動を取らざるを得ない。そしてそうなれば、ティーナが「正しい」、ヴォーレが「間違っている」とするしかありません。

でも、それは「社会」という、人類が合理的に生きていくために採用した集団を維持する必要があるからで、生来的に、本来的に、それが「正しい」判断なわけではない。もちろん僕らはもう、「社会」というものと切り離された生活というのを明確にイメージできないだろうから、生来的に、本来的に「正しい」と思ってしまうだろうけど、いやそんなことはないんだ、ということを強く訴えかけてくる作品だと感じました。

正直、観ていて”気持ちのいい作品ではない”ので、ちょっと人に勧めにくい作品ではあるんですけど、「当たり前ってなんだろう?」っていう、ありがちな問いだけど、普通に生きているとなかなか深堀りしにくい問いについて、かなり考えさせてくれる作品だと感じました。
ナガエ

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