えふい

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイのえふいのレビュー・感想・評価

4.3
モビルスーツとは殺戮兵器である。
1/100スケールのプラスチック模型になろうとも、ビデオゲームの操作キャラクターになろうとも、その根本はかわらない。本質的には、B級アクション映画におけるシュワルツェネッガーやスタローンと同等なのだ。
ただガンダムシリーズが、架空戦記SFとしてのリアリティと戦場で紡がれる人間ドラマを指向し、「リアルロボットもの」という一大ジャンルを築きあげることでアクション大作と違った独自性を確立したことは、いまさら確認する必要もない歴史的事実であろう。
そんな偉大なる原点「ファースト」から四十年が経過し、その記念作品のひとつとして打ち出された『閃光のハサウェイ』は、フィクションがしばしばそのさじ加減に苦心させられる「リアリティ」という調味料を、現代においてどう扱ったのだろうか。
まず本作では、"地球連邦軍vsジオン軍"という構図の戦争は終結している。その代替物と呼ぶべきか、軍隊による統治下においてなかば必然的に生じうる新たな戦火として描かれるのは、いまやわれわれにとって戦争以上に身近な存在となりつつある「テロリズム」である。
昨今は『パラサイト』や『ノマドランド』に代表されるような、社会的弱者にフォーカスした映画の台頭が顕著だ。
本作でも、主人公たるハサウェイ・ノア率いるテロリスト集団「マフティー」の構成員は、若年層が比較的多いように見受けられる。そも彼らがテロ行為に及ぶ要因は、地球連邦政府による権益の独占と、「人狩り<マンハント>」と称される強引な宇宙への移住政策にある。
だから本作が弱者による反逆の物語としての要素を備えているのは間違いないのだが、必ずしもそれのみに終始してはいないのだ。
さて、大国間の武力闘争としての戦争は少なくとも現在、表面的には勃発していない。無論それは世界平和が実現したことを意味せず、大国が巨大な利益を獲得するための手段が変容した結果ではあるが、そうした時代の変遷により「リアルな架空戦記」としてガンダムが担ってきた役目もひと区切りついたと言えるのではないだろうか。
だから、原作が三十年前に執筆された『閃光のハサウェイ』をわざわざ現代で映像化することには、往年のガンダムファンを喜ばせる以上の意味を付与せねばならない。それが、兵士としてではない、被虐者としての主人公たるハサウェイそのものだ。
しかしマフティーによるテロ行為は、必ずしも民草の支持を得てはいない。
"この先の千年より、明日生きていけるかのほうが大事"というのは、本当の底辺で生きる人々にとっての偽らざる本音であろうし、テロ活動が権力者よりむしろ下層の人間を苦しめているという事実にハサウェイ自身、作中で否応なく直面することになる。
また彼は己の計画によって、運命的な出会い──これもまたガンダムシリーズで頻出するテーマだ──を果たした女性さえも、命の危機に晒してしまう。
このシークエンスにおける戦闘描写は白眉で、殺戮兵器としてのモビルスーツ、テロによって生じる不可避の犠牲と恐怖というものを、映画館ならではの大スクリーンと音響で存分に堪能できる。
暴力がうむ暴力を自覚し、それでもなおテロリズムに邁進せねばならぬハサウェイの宿痾こそが、本作を社会的弱者側の視点に寄っただけに終わらせていない点である。
「結局は実力行使によってでしか権力を打倒することはできないし、それによって状況はむしろ悪化しうる」というある種のニヒリズムと矛盾が、彼のテロリズムには内在している。
本作の前半ではそんなテーマ性と、もうひとつのプロットたるハサウェイ、ギギ、ケネス三者の運命的な邂逅が描かれる。「此度のガンダムはこんな作品ですよ」とばかりに紹介してみせ、後半は打って変わってエンターテインメントとしての顔をのぞかせる。
主人公がついぞ「ガンダム」に搭乗するシーンはやはり"アガる"一幕であるし、「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」とばかりのエネルギー量を感じさせるビームライフル描写──それがドルビー・ビジョンのもたらすコントラストによって夜闇に一閃を描く様に見惚れつつも、殺戮兵器の造形美・機能美にどうしようもなく魅了されてしまう人間の愚かしさに思いを馳せずにいられない。
さらには「富野節」と形容される、どこか詩的な言葉遣いによる会話劇ももちろん健在である。「運命的」という言葉を繰り返したが、こうした独特な台詞で構成される本作そのものが戯曲的な悲喜劇の要素を含んでいるように感じられたのは、ふとした言葉に作劇上の意味を見出さずにはいられない考察好きアニメファンの悪癖にすぎないのだろうか。
ただしそうした、敢えて説明しないスタンスには初見さんをもてなそうという優しさなど皆無であり、一応の前作にあたる『逆襲のシャア』をつまんだ程度でさえも混乱させられること請け合いだ。なので公式ホームページのストーリーとキャラクター紹介ぐらいは、あらかじめ閲覧しておくことを推奨したい。
そうしてできれば劇場で、さらには今日の昼食代を節約して追加料金を捻出してでも、ドルビーシネマで堪能してもらいたい。
名実ともに「新世代のガンダム」として、敢えてアニメを映画館で鑑賞する意義をもたらすタイトルのひとつとして、今後の展望が楽しみだ。
えふい

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